至福の時間は意外と長かった(写真入れたので再投稿)
2008-07-24
普通人生に於いては、至福を感じる時間というのは一瞬で終わってしまうものですが、昨日は朝から晩まで酸素の変わりに音符を吸い込んだような一日でした。
午後早く、いつもリハーサルやLessonの本拠地としてお世話になっている八王子の龍谷寺において、昨年に引き続き、「施食会」(せじきえ)という大きなイベントの直前にフルートの木ノ脇道元ちゃんと45分間という短いものではありましたが、濃密なDuoを檀家さんの人たちに聴いていただきました。

彼と共演するのは去年の今頃軽井沢で弾いて以来だと思う。
いつ共演しても、彼のフルートの音にはしびれます。
音が出てから無くなるまでの間に実にいろんな光と陰が交錯することをするのです。
言葉で表現するのが難しいのですが、こんなにいろんな音が聞こえるフルート奏者を僕は知りません。
普段は現代音楽をメインにやっている彼ですが、こういうときには、彼の古いファンでも聴いたことのないいわゆる名曲集を僕が強制的に(爆)吹かせちゃったりするのですが、昨日も、バッハのバディネリだのビゼーのアルルの女のメヌエットだの、彼の日常からするとあり得ないレパートリーをぞくぞくさせながら聴かせてもらいました。
もちろん、僕らが長年いつも演奏する曲もありましたが、まったくなれ合いになるどころか毎回初めての快感をもらうことができます。
写真にちょっと映ってますが、演奏している横に造形物がありました。
知人の弟さん(大迫秀春氏)による作品「成る」でした。
これは27日に予定されている、両輪山龍谷寺両輪閣寺子屋音楽道場試演会の日まで展示してあります。
この時間だけで今日は生きていて良かったと思えるべき一日でしたが、演奏終了後、完全に「弾き逃げ」状態で車に乗り、お寺を出発したのが13:55ころ、そして次の目的地は、池袋のそばの椎名町の個人宅に、15時開演のコンサートに行きました(爆)
電車で調べると、完全に遅刻です。
渋滞にはまらないことを祈って中央高速を(ついでに道元も都心で仕事だというので同乗した)ひた走り、昨年開通した初台から西池袋方面のルートを進んだらなんと、14:35くらいに到着して、あきらめていたリハーサルができました。
15時、19時と二回、四月以来の、「二丁目コンサート」というタイトルで、人見邸のリビングルームで、やはり道元ちゃんと同様に僕にとって大事な共演者、ソプラノの人見共さんと数曲の歌曲(そのなかには、僕の作曲した“ジョディと子鹿のフラッグと”の曲も入っていました)を歌ってもらいました。
彼女の声で僕の歌の曲が別の曲に聞こえたと、かつてその曲を聴いた人たちが異口同音に言っていたのが新鮮だった。

そして、コンサートの後半は高山正樹ちゃんと、拙作“注文の多い料理店”を彼とは初演を迎えました。

この作品では、ストーリーの中では「張り紙」として登場人物に影響を与える山猫のメッセージを歌にしてあります。
ミュージカル仕立てで歌をメインに書いた“ジョディと子鹿のフラッグと”を別とすると、僕の今のところ宮沢賢治三部作の“どんぐりと山猫”や“セロ弾きのゴーシュ”では前者では一部歌唱するところもあるけど、それは歌というものが全面に強調されるものではなかったが、この音楽に於いては歌唱力というのが非常に重要な表現の道具になっているので、もちろん、全体を覆うストーリーテラーとしての高山正樹ちゃんのスキルもすばらしいが、異口同音にお客さんたちに「オペラ歌手か」という疑念(爆)さえ、醸し出したその声の魅力に僕もおもしろがったし、いくら自作自演とはいえ、自分の演奏能力や作曲の能力だけでは完結しないそれこそ「化学反応」として一つの作品に昇華できたのは実に嬉しいことで、それを一日二度までも試演できたのは嬉しい限りでありました。
これで山猫合奏団に新たなレパートリーが増え、まったくスタイルの違う三つの作品が出来ました。
“セロ弾きのゴーシュ”のCDもたくさんお買い求め頂いて嬉しかったです。
(“注文の多い料理店”のCDはないのか、という事もたくさん言われたのであまり遠くない将来に考えたいと思います。)
そういえば、道元とは十数年、共さんとは二十数年、そして高山正樹とは三十数年のつきあいがあって、今日は偶然、その順番で共演したわけだ(爆)
午後早く、いつもリハーサルやLessonの本拠地としてお世話になっている八王子の龍谷寺において、昨年に引き続き、「施食会」(せじきえ)という大きなイベントの直前にフルートの木ノ脇道元ちゃんと45分間という短いものではありましたが、濃密なDuoを檀家さんの人たちに聴いていただきました。

彼と共演するのは去年の今頃軽井沢で弾いて以来だと思う。
いつ共演しても、彼のフルートの音にはしびれます。
音が出てから無くなるまでの間に実にいろんな光と陰が交錯することをするのです。
言葉で表現するのが難しいのですが、こんなにいろんな音が聞こえるフルート奏者を僕は知りません。
普段は現代音楽をメインにやっている彼ですが、こういうときには、彼の古いファンでも聴いたことのないいわゆる名曲集を僕が強制的に(爆)吹かせちゃったりするのですが、昨日も、バッハのバディネリだのビゼーのアルルの女のメヌエットだの、彼の日常からするとあり得ないレパートリーをぞくぞくさせながら聴かせてもらいました。
もちろん、僕らが長年いつも演奏する曲もありましたが、まったくなれ合いになるどころか毎回初めての快感をもらうことができます。
写真にちょっと映ってますが、演奏している横に造形物がありました。
知人の弟さん(大迫秀春氏)による作品「成る」でした。
これは27日に予定されている、両輪山龍谷寺両輪閣寺子屋音楽道場試演会の日まで展示してあります。
この時間だけで今日は生きていて良かったと思えるべき一日でしたが、演奏終了後、完全に「弾き逃げ」状態で車に乗り、お寺を出発したのが13:55ころ、そして次の目的地は、池袋のそばの椎名町の個人宅に、15時開演のコンサートに行きました(爆)
電車で調べると、完全に遅刻です。
渋滞にはまらないことを祈って中央高速を(ついでに道元も都心で仕事だというので同乗した)ひた走り、昨年開通した初台から西池袋方面のルートを進んだらなんと、14:35くらいに到着して、あきらめていたリハーサルができました。
15時、19時と二回、四月以来の、「二丁目コンサート」というタイトルで、人見邸のリビングルームで、やはり道元ちゃんと同様に僕にとって大事な共演者、ソプラノの人見共さんと数曲の歌曲(そのなかには、僕の作曲した“ジョディと子鹿のフラッグと”の曲も入っていました)を歌ってもらいました。
彼女の声で僕の歌の曲が別の曲に聞こえたと、かつてその曲を聴いた人たちが異口同音に言っていたのが新鮮だった。

そして、コンサートの後半は高山正樹ちゃんと、拙作“注文の多い料理店”を彼とは初演を迎えました。

この作品では、ストーリーの中では「張り紙」として登場人物に影響を与える山猫のメッセージを歌にしてあります。
ミュージカル仕立てで歌をメインに書いた“ジョディと子鹿のフラッグと”を別とすると、僕の今のところ宮沢賢治三部作の“どんぐりと山猫”や“セロ弾きのゴーシュ”では前者では一部歌唱するところもあるけど、それは歌というものが全面に強調されるものではなかったが、この音楽に於いては歌唱力というのが非常に重要な表現の道具になっているので、もちろん、全体を覆うストーリーテラーとしての高山正樹ちゃんのスキルもすばらしいが、異口同音にお客さんたちに「オペラ歌手か」という疑念(爆)さえ、醸し出したその声の魅力に僕もおもしろがったし、いくら自作自演とはいえ、自分の演奏能力や作曲の能力だけでは完結しないそれこそ「化学反応」として一つの作品に昇華できたのは実に嬉しいことで、それを一日二度までも試演できたのは嬉しい限りでありました。
これで山猫合奏団に新たなレパートリーが増え、まったくスタイルの違う三つの作品が出来ました。
“セロ弾きのゴーシュ”のCDもたくさんお買い求め頂いて嬉しかったです。
(“注文の多い料理店”のCDはないのか、という事もたくさん言われたのであまり遠くない将来に考えたいと思います。)
そういえば、道元とは十数年、共さんとは二十数年、そして高山正樹とは三十数年のつきあいがあって、今日は偶然、その順番で共演したわけだ(爆)
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山猫合奏団にも記事になりました
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です。