★2005/11/12,13朗読,音楽,人形による‘注文の多い料理店’世界初演
2005-11-12

この公演は人形劇団ひとみ座のアトリエ公演で作曲を委嘱されたものである。
自分はなにも宮澤賢治専門の作曲家ではないけれども、偶然今年の頭には‘セロ弾きのゴーシュ’を書いたことで、で一年で二作の賢治がらみの音楽作品を生む結果となった。
今回演出と美術を担当をした田中秀郎さんと、独りで語り、人形を遣って演技する篠崎早苗さん夫妻は、僕の語りと音楽の作品に以前から興味をもってくださっていて、今回このようなチャンスを与えてくれたことに大変感謝です。
ゴーシュを書いたときも思ったが、単に読んで「解釈」するよりその作品を演奏(この場合作曲もあるが)したほうがより理解がすすむし、興味もそれ以前より強くなった。
当初あまり音楽的には以前に書いた‘どんぐりと山猫’や‘ゴーシュ’に比べて、この作品はめりはりのあるストーリーには思えなかったが、書いてみると実に音楽的なストーリーに思えてきた。
前二作と比較した場合、今回の作品の特徴は‘歌’が中心であることです。
さあ‘世界初演’はどういうできになるでしょう。
装置と人形、演出の妙に彩りを添えられたらと思います。
終演後に写真を追加しました。
他にもここに公演中の写真があります。
この記事は別のページから移植したものです。
そこのページにあったコメントもここに移植します。
■山猫軒、店主様
12日の一回目を拝見しました。
実は、冒頭、グヌンガンの紹介が出たとたん頭の中でガムランが鳴り出しまして、、、目で音楽を聴いてしまいました。
でも、聞こえてくるピアノの音楽はそれと趣きの違うもので、不思議な世界へと誘われました。
そして、クライマックス、あなたのテーマが聞こえた時、私は、扉の向こうのあなたの目、その後ろのあなたの姿を確信しました。
山猫様!、一郎君が会った山猫様です。
ぜひぜひ、今度は山猫様のことたくさん知りたいです。
ご案内のはがき、待ってます。
のの (2005-11-14 10:58:02)
■視覚と聴覚
行く前から、舞台はどうなっていて、
師匠はどこでどういう形で演奏なさるんだろうと、ちょっと想像がつかなかったのですが、がらんと広いスペースに例の「あやしい装置」が一個だけ、むかって左側にピアノがぽつんと・・・
装置は、やはり怪しかったですねえ、森の中から料理店の中に自然に入って行くような、はめこみの扉が順々に開いて「廊下」の壁のようになって行く仕掛けが面白い。
私は正面あたりに座っていたので、自分もその廊下を歩いている感じがしました。
登場人物たちは「人形」なのに、しかも語り歌いながら人形をあやつるララッチさんの存在感はそのままなのに、登場人物の「人格」がしっかりと立ち上がってきたのには、「さすが!!」としか言い様がありません。
人形の足がすげかえられるのも面白かったし、胴体は骨組みのままという作りも素晴らしかったし、何よりどこからどういう角度で見ても可愛い、足の裏まで可愛い。
顔がくちゃっとつぶれるのも、人形ならではの仕掛けですね。
人形劇を知り尽していらっしゃるプロの仕事を堪能いたしました。
料理店の「女給さん」(ウエートレスではない)役の「新人」の俳優さん、めちゃくちゃいいキャラクターでした。
って、師匠の音楽のことを後回しにしましたが、今回、私は自分が「視覚人間」であることを再確認いたしました。
どうしても目からの情報に集中してしまいます。
最初の方の、枯れ葉が舞い散るような音は良くおぼえています。
けっこう明るめだなというのも気付きました。
でも、しのびこませてあるという「パロディ」は「猫ふんじゃった」しか、私には分からなかった。
エピローグ(?)の美しさも聴いていました。
中間部は、やっぱり「うろおぼえ」
師匠のソロ演奏部分が少なかったからだと、勝手に言い訳しております。
土日と続けて観て、2回めは音に集中、というふうにすれば良かった。
私は自分が一度にふたつ以上のことは考えられないことを、もっと自覚するべきですね、はい。
とにかく面白かったです!!
うらり〜な (2005-11-14 11:20:01)
■スーパー人形劇?
演劇の要素やミュージカルの要素
そして、語り、人形、ピアノ いろいろなものがひとつに融けあって、不思議な空間を作り出していました。 どれが勝っているとかじゃなく、自然に私の中に入ってきて、不思議な世界に酔いしれました。
准さんの隠されたテーマは、正直言って、はっきりここって言えません。(自分でも認めたくないものがある、往生際が悪い)
でも、わからなくていいかなーとも思います。
注文が歌だったのは、とても面白かったし、むしろここが魅力の一つです。繰り返す度注文がエスカレートしていくの
は、(いえ、でも表面上はあまり変わらないのだけど)聴いていて次は次は と昂揚してきます。塩をふってから、クライマックスまで、音楽と共に最高潮に達します。
注文の歌は、3拍子の乗りのいい歌だけど、山猫のコミカルな感じとちょっと不気味さを合わせ持ったメロディーで、なんとも表現しにくい面白さがありました。
山猫と言えば、私的には、ドアから出てきた人形がちょっとかわいすぎたかなー。
でも篠崎さんのドアから出した顔に圧倒(笑)されました。
音楽でもう一つ私が気にかけていた部分があります。それは、風です。
公演の途中に何回か吹きます。
これは、賢治の童話のなかで、場面を変えたり、次に起こることの予兆のような役目をするので、どんな風が吹くか興味津々でした。ピアノは見事に会場の中におどろおどろした風を吹かせてくれました。
篠崎さんの語りも素晴らしかったです。
表現が豊かで、それでいてちっとも押し付けがましくなくすんなり私達を賢治の世界へ引き込んでくれました。
自分の中で熟成したものが、人に伝わると言う意味では、ピアノも一緒だと思いました。とても篠崎さんが輝いて見えました。
セットの美しさやドアの工夫 面白かったです。暗闇の中に浮かび上がった炎のような空間、ずーっとずーっとその場にいたい
そんな私の気持ちを静めてくれるかのようなピアノの音。やがてその火はだんだん小さくなり消えてお話が終わります。
注文の多い料理店は准さんの手で、また違った料理をされると聞きました。楽しみです。
雪 (2005-11-16 17:59:31)
■注文済み料理店
人形劇ときいて行ったが、初めて目にする演劇世界だった。
暗めのドビュッシー「月の光」ならぬ「星の光」といった趣きの旋律で静かに始まった劇は、篠崎さんと人形達の登場で、劇場空間ごと、たちまち異なる世界に変化して行った。
ここでは、音楽的な感想のみを書くべきかもしれないが、全てが混ざり合っており、どこの旋律が良かったなど、抜き出しては、言えない。
が、「猫踏んじゃった」は、思わずフッとさせられたが。
曲と人形達、語り、どれが突出するということなく、混ざり合い、高めあい、ぐいぐいと終わりのクライマックスまで引っ張って行かれた。
全体印象として、異世界の構築を見せてもらった、という感想だ。
正直な感想、スゴクオモシロかった。
み〜は〜 (2005-11-17 01:31:53)
■無題
人形劇に対してステレオタイプなイメージしか持っていなかった私は、スタジオの暗闇に浮かび上がる奇妙な色彩の「森」を目にした瞬間、これは自分の貧相な想像とは絶対に懸け離れたものになるんだろうなーという予感がしました。
もちろんその予感は的中です。
森の色に同化した動物たち。入れ子のような仕掛けで次々と開いていくドア。そしてあの「紙くずのような」顔になってしまった紳士たち……などなど、最後まで周到に散りばめられた演出のアイデア一つ一つに感心しているうちに、あっという間に終わってしまった45分間でした。
最小限の小道具と出演者で、あれほど動的な素晴らしい世界を作り上げることができるのかーと、目からウロコの気分です。
そして私は、人形劇を初めて目の当たりにした新鮮さとはまた別に、馴染みのある場所に戻った時のような懐かしさを感じてもいました。
この作品は人形劇・注文の多い料理店であるとともに、白石さんの宮沢賢治シリーズ最新作でもあるのですから当然といえば当然ですが。
初めの方の森の描写を聴いた時から、私の頭の中では「どんぐりと山猫」の森の風景が甦り、少しの違和感もなく二つの物語の世界が繋がってしまいました。というよりも、一つの世界の二つの物語を同時に体験しているような、文章だけではまず起こり得ない不思議な感覚でした。
白石さんの作品に触れる度に、ただの感動では終わらない、新しい発見ができるような気がします。
にしだ (2005-11-17 19:43:05)
■“注文の多い料理店”感想感謝
インターネットの世界が身近になって誰でも情報を発信できる様になったということは、感想の発露も以前だったら帰りの電車や喫茶店、居酒屋でそれを演奏した人間のあずかり知らぬところで生まれていたものが、いまは一種の主張や表現として、自立したものになっているような気がします。
今回は“どんぐりと山猫”や“セロ弾きのゴーシュ”にくらべて、否定的な意見もいくつか頂きましたが、そういう意味ではこれほど表現力に満ちたご感想を頂くと、また改良してその作品を育てていきたい気になります。
白石准 (2005-11-29 22:09:48)
そこのページにあったコメントもここに移植します。
■山猫軒、店主様
12日の一回目を拝見しました。
実は、冒頭、グヌンガンの紹介が出たとたん頭の中でガムランが鳴り出しまして、、、目で音楽を聴いてしまいました。
でも、聞こえてくるピアノの音楽はそれと趣きの違うもので、不思議な世界へと誘われました。
そして、クライマックス、あなたのテーマが聞こえた時、私は、扉の向こうのあなたの目、その後ろのあなたの姿を確信しました。
山猫様!、一郎君が会った山猫様です。
ぜひぜひ、今度は山猫様のことたくさん知りたいです。
ご案内のはがき、待ってます。
のの (2005-11-14 10:58:02)
■視覚と聴覚
行く前から、舞台はどうなっていて、
師匠はどこでどういう形で演奏なさるんだろうと、ちょっと想像がつかなかったのですが、がらんと広いスペースに例の「あやしい装置」が一個だけ、むかって左側にピアノがぽつんと・・・
装置は、やはり怪しかったですねえ、森の中から料理店の中に自然に入って行くような、はめこみの扉が順々に開いて「廊下」の壁のようになって行く仕掛けが面白い。
私は正面あたりに座っていたので、自分もその廊下を歩いている感じがしました。
登場人物たちは「人形」なのに、しかも語り歌いながら人形をあやつるララッチさんの存在感はそのままなのに、登場人物の「人格」がしっかりと立ち上がってきたのには、「さすが!!」としか言い様がありません。
人形の足がすげかえられるのも面白かったし、胴体は骨組みのままという作りも素晴らしかったし、何よりどこからどういう角度で見ても可愛い、足の裏まで可愛い。
顔がくちゃっとつぶれるのも、人形ならではの仕掛けですね。
人形劇を知り尽していらっしゃるプロの仕事を堪能いたしました。
料理店の「女給さん」(ウエートレスではない)役の「新人」の俳優さん、めちゃくちゃいいキャラクターでした。
って、師匠の音楽のことを後回しにしましたが、今回、私は自分が「視覚人間」であることを再確認いたしました。
どうしても目からの情報に集中してしまいます。
最初の方の、枯れ葉が舞い散るような音は良くおぼえています。
けっこう明るめだなというのも気付きました。
でも、しのびこませてあるという「パロディ」は「猫ふんじゃった」しか、私には分からなかった。
エピローグ(?)の美しさも聴いていました。
中間部は、やっぱり「うろおぼえ」
師匠のソロ演奏部分が少なかったからだと、勝手に言い訳しております。
土日と続けて観て、2回めは音に集中、というふうにすれば良かった。
私は自分が一度にふたつ以上のことは考えられないことを、もっと自覚するべきですね、はい。
とにかく面白かったです!!
うらり〜な (2005-11-14 11:20:01)
■スーパー人形劇?
演劇の要素やミュージカルの要素
そして、語り、人形、ピアノ いろいろなものがひとつに融けあって、不思議な空間を作り出していました。 どれが勝っているとかじゃなく、自然に私の中に入ってきて、不思議な世界に酔いしれました。
准さんの隠されたテーマは、正直言って、はっきりここって言えません。(自分でも認めたくないものがある、往生際が悪い)
でも、わからなくていいかなーとも思います。
注文が歌だったのは、とても面白かったし、むしろここが魅力の一つです。繰り返す度注文がエスカレートしていくの
は、(いえ、でも表面上はあまり変わらないのだけど)聴いていて次は次は と昂揚してきます。塩をふってから、クライマックスまで、音楽と共に最高潮に達します。
注文の歌は、3拍子の乗りのいい歌だけど、山猫のコミカルな感じとちょっと不気味さを合わせ持ったメロディーで、なんとも表現しにくい面白さがありました。
山猫と言えば、私的には、ドアから出てきた人形がちょっとかわいすぎたかなー。
でも篠崎さんのドアから出した顔に圧倒(笑)されました。
音楽でもう一つ私が気にかけていた部分があります。それは、風です。
公演の途中に何回か吹きます。
これは、賢治の童話のなかで、場面を変えたり、次に起こることの予兆のような役目をするので、どんな風が吹くか興味津々でした。ピアノは見事に会場の中におどろおどろした風を吹かせてくれました。
篠崎さんの語りも素晴らしかったです。
表現が豊かで、それでいてちっとも押し付けがましくなくすんなり私達を賢治の世界へ引き込んでくれました。
自分の中で熟成したものが、人に伝わると言う意味では、ピアノも一緒だと思いました。とても篠崎さんが輝いて見えました。
セットの美しさやドアの工夫 面白かったです。暗闇の中に浮かび上がった炎のような空間、ずーっとずーっとその場にいたい
そんな私の気持ちを静めてくれるかのようなピアノの音。やがてその火はだんだん小さくなり消えてお話が終わります。
注文の多い料理店は准さんの手で、また違った料理をされると聞きました。楽しみです。
雪 (2005-11-16 17:59:31)
■注文済み料理店
人形劇ときいて行ったが、初めて目にする演劇世界だった。
暗めのドビュッシー「月の光」ならぬ「星の光」といった趣きの旋律で静かに始まった劇は、篠崎さんと人形達の登場で、劇場空間ごと、たちまち異なる世界に変化して行った。
ここでは、音楽的な感想のみを書くべきかもしれないが、全てが混ざり合っており、どこの旋律が良かったなど、抜き出しては、言えない。
が、「猫踏んじゃった」は、思わずフッとさせられたが。
曲と人形達、語り、どれが突出するということなく、混ざり合い、高めあい、ぐいぐいと終わりのクライマックスまで引っ張って行かれた。
全体印象として、異世界の構築を見せてもらった、という感想だ。
正直な感想、スゴクオモシロかった。
み〜は〜 (2005-11-17 01:31:53)
■無題
人形劇に対してステレオタイプなイメージしか持っていなかった私は、スタジオの暗闇に浮かび上がる奇妙な色彩の「森」を目にした瞬間、これは自分の貧相な想像とは絶対に懸け離れたものになるんだろうなーという予感がしました。
もちろんその予感は的中です。
森の色に同化した動物たち。入れ子のような仕掛けで次々と開いていくドア。そしてあの「紙くずのような」顔になってしまった紳士たち……などなど、最後まで周到に散りばめられた演出のアイデア一つ一つに感心しているうちに、あっという間に終わってしまった45分間でした。
最小限の小道具と出演者で、あれほど動的な素晴らしい世界を作り上げることができるのかーと、目からウロコの気分です。
そして私は、人形劇を初めて目の当たりにした新鮮さとはまた別に、馴染みのある場所に戻った時のような懐かしさを感じてもいました。
この作品は人形劇・注文の多い料理店であるとともに、白石さんの宮沢賢治シリーズ最新作でもあるのですから当然といえば当然ですが。
初めの方の森の描写を聴いた時から、私の頭の中では「どんぐりと山猫」の森の風景が甦り、少しの違和感もなく二つの物語の世界が繋がってしまいました。というよりも、一つの世界の二つの物語を同時に体験しているような、文章だけではまず起こり得ない不思議な感覚でした。
白石さんの作品に触れる度に、ただの感動では終わらない、新しい発見ができるような気がします。
にしだ (2005-11-17 19:43:05)
■“注文の多い料理店”感想感謝
インターネットの世界が身近になって誰でも情報を発信できる様になったということは、感想の発露も以前だったら帰りの電車や喫茶店、居酒屋でそれを演奏した人間のあずかり知らぬところで生まれていたものが、いまは一種の主張や表現として、自立したものになっているような気がします。
今回は“どんぐりと山猫”や“セロ弾きのゴーシュ”にくらべて、否定的な意見もいくつか頂きましたが、そういう意味ではこれほど表現力に満ちたご感想を頂くと、また改良してその作品を育てていきたい気になります。
白石准 (2005-11-29 22:09:48)
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パンフレット画廊07
これは2005/11に知り合いのララッチさんとたなかさんによる劇団ひとみ座のアトリエ公演のために作曲したときのチラシです。公演の模様については、自分の演奏会ブログにも投稿した。そして前述の二人のサイトでは詳細

★10月に幕を開ける

