シエナ07Sep.び〜た日記3

一昨日の朝は北上にいた。
ホテルの横にある北上川はこの増水だから、数日前はすごかったのだろう。
北上といえば、もう20年以上前になるかとおもうけど、もしかしたらトランペットの津堅直弘氏(@NHK交響楽団)とおつきあいが始まったばかりで初めて地方に演奏に行った場所かもしれません。
その後結成されるThe Trumpets5というグループではなく、N響の金管五重奏で行ったのです。
そこで、初めて会った人たちとすぐにうち解けている僕をみて、「白石君は自開症だね」と命名されたことを思い出しました(爆)
北上のホテルをチェックアウトし、仙台まで移動し、そこから数時間指揮者とゲストはハイヤーで南相馬というところのホールに行きました。
車中はほとんど遠足か修学旅行の子供達の乗りでした(爆)
南相馬のホールは久しぶりに響きの深いホールだったので嬉しかった。
毎日、演奏の最後に行われる「星条旗よ永遠に」のときに客席から楽器をもって押し寄せる人数の多さとその嬉しそうな表情にはこっちも嬉しくなりました。
終演後、お寿司屋さんに連れて行かれたらなんと、そこでSaxの須川さんにお会いしました。
なんと一昨日僕らが弾いたホールで彼は独奏の仕事があったようです。
佐渡裕ちゃんと須川さんは近々マンチェスターで録音の仕事があるようで、打ち合わせをしなきゃなとお互い思っていたそうで、それが、なんと偶然この町で遭遇する奇遇に驚いていました。
シエナ07Sep.び〜た日記2
そう、今日は9/19です。
僕の作曲した宮沢賢治の“どんぐりと山猫”の冒頭、山猫からの手紙に、「かねたいちろうさま、くがつじゅくにち」とあるのです。
そういう「記念日」に賢治にゆかりのある土地に来られたことを単純に喜びました。
今日のリハーサルの最後の三十分は地元の中学か高校(よくわからない)の吹奏楽部の子供達の見学がありました。
本番は熱狂的に迎えられ、最後はスタンディングオベイションでした。
やっぱり拍手も嬉しいけど、立ち上がられると最高ですな。
終演後はすぐに、ホールを後にし、宿泊する北上までタクシーをとばしました。
明日は福島県です。
朝からなかなかタフな移動になりそうです。
今朝の青森は大変気持ちの良い快晴でした。
そうそう、昨日青森に着いたときはあまりの涼しさにびっくりしましたが、岩手に入ってからは曇天で時折ぱらぱらと雨が降っていました。
日本はやっぱり長いのですな。
シエナ07Sep.び〜た日記1

昨日から佐渡裕率いるシエナ・ウィンドオーケストラの東北公演に帯同しています。
写真は指揮者と独奏者たちとの、つがるという特急の車中の記念撮影です。
ドラムの則竹さんは、体脂肪率が7%くらいでしょう、と僕が問いかけると「たしか7%もなかったように思います」とはにかみながらおっしゃっていました。
完全にアスリート体型ですな。
きっとプールに飛び込むと沈むでしょう。
昨夜は青森での演奏でした。
駅から佐渡裕ちゃんと二人でタクシーに乗りましたが、車中で運転手さんに問いかけたら色々説明してくれたのですが、二人ともまったく言葉が聞き取れず、絶句していたら、ホールに着いて、お互いは相手は理解しているもんだと感心していたことが判明し、爆笑でした。
東京でのホールの響きとは全く違う環境でしたが、また熱い本番になりました。
そういえば、恒例のアンコール、“星条旗よ永遠なれ”で、東京の時「ではチューニングをいたしましょう」と言われ、本番同様Laの音を叩いたら、舞台に上がってきた人たちが全員思いっきりB♭を出したのでのけぞった前科があるので、「今日は騙されないぞ(意味不明)」とちゃんとB♭を出したら周りの団員に微笑まれました(爆)
終演後は、ただいま単身不妊中、否、単身赴任中の知り合いの金子リコアコパパ(入り口の左にたたずむ秘密諜報部員風な紳士)とディープな場所で盛り上がりました。
店に座ってまもなく、さっきまでやっていた演奏会にいらしていた床屋の親分さんと意気投合し乾杯、店の人やそこにいらしたお客さんとも盛り上がり、美味しいきのこや青森の銘酒である田酒を浴びました。最近血糖値を考慮して全然日本酒は避けていたけど、東北に来たんだし「そんなのかんけいねえ!」とそのおいしさに酔いました。
金子さん、どうもお世話になりました。
さあ、今日は花巻公演で、岩手県に入ります。
聴くところによると、この公演は、発売開始2時間で完売したという熱狂的な場所らしく、その熱気を浴びに行くのが楽しみです。
自転車で巡る京都の魔界
五月の連休のころからほとんど名古屋や大阪、京都を行ったり来たりした旅も終わり今日の明け方帰って来た。昨日もホールのそばの路地を本番前に飯を食った折にふらふらミニサイクルでポタリングしていたら、こういうお店をみつけました。
この記事に続き、やっぱりこの街にはどこか歴史的に古きよきところと同時に、古い街だけに魔界があちこちに見え隠れするようです(爆)
看板からわかるように、この人形とこの食糧品(食料品じゃないところがいいのかな)の老舗という組み合わせのシュールさがたまらない。
そのすぐ横にはこういう看板があって「明治維新を見た」というまたこれ一見インパクトがありながら、京都の歴史を考えたら明治維新なんてつい最近のことだろうに、とか僕は思っちゃうんだけどどうなんだろう。走っていて最初はこっちに眼がいったのだけど、見上げると、あの人形がこっちを見ていたのでぶったまげましたです。
あのインパクトのあるおじさんの人形のわずか数メートル右側の、つまり歴史的京町の看板の真上のひさしの上にはあまり通行人には見えないところなんだけど、対照的にこれまたかわいい招き猫が。背伸びして携帯を頭上に掲げて撮ったからその位置がいかに高いかがわかるでしょう。
このでぶさかげんが自分の家の猫を思い出させました。
ちなみに、今朝の明け方に帰って来てドアを開けたらでぶねことその子分の猫が出て来たのでそのまま散歩に連れ出したが懐かしかった。
ここで売っている、緊迫入り、じゃない、金箔入りのお米のネーミングもいいなあ。もういちどこのお米の雅(みやび)な感じを見た後で最初に登場した等身大の人形のコントラストも招き猫に劣らずすごすぎます。
今回の5/7からの旅では推定、282km自転車で走ったようです。ロードバイクだったらもっと峠道とかまで走れたんだろうけど、公共交通機関(今回は新幹線、ローカル線、地下鉄、高速バス、自動車など、いろいろ運び込んで乗せた経験をした)を使う場合にはやはりタイヤを外さないで良い小さい自転車は実に便利だ。
この変速機なしの自転車で、だいたいが、重い荷物を背負っていた場合が多かったからがんばった方だろう。
初輪行以来、もう滞在する仕事には自転車は絶対に欠かせないと実感した。
東山にある京都会館から昼飯を京都市役所そばの三条の吉野家まで行くってなかなか歩きではその気が起きないものね。
今回は長い滞在だったのにめまぐるしく忙しくて京都や大阪や名古屋の知り合いに誰一人として会えなかったのは残念でした。
滋賀県に泊まった
昨日のリハーサル終了後は、みんなに無謀だとは言われたが、コンピュータなどが入ったリュックと着るものが入った袋とともに、小さい自転車で、写真の平安神宮から、滋賀県の草津のホテルまで行くことにした。なぜそうなのかというと、今回京都に入ってからは毎日違うホテルに泊まっていたからだ。
直前予約で安いところを探していたが、さすがに京都の週末、どこも空いてなかったので以前も泊まった草津で探したら、そのときとは違うホテルだけど安く探せたので、そこに行くことにした。
距離を訊いたら30kmくらいだろうといわれたので、そんなのなんでもねえやとおもったけど、途中逢坂山というのがあってそこはそこそこ大変だよといわれ、荷物がなければなあとはおもったけど、30kmくらい走らないと決闘血が下がらないことが最近わかったのでいくことにした。
ここは出発して間もない地下鉄の「蹴上」(けあげ)という駅のそばの最初の坂。ロードバイクに乗っている人がたくさん走っていた。週末だもんな。
こちとら重い荷物を担いでいるから汗がすごかった。
でもその後で超えた山の坂はだらだらすごく長かったし、国道一号線なので交通量も多く、写真を撮りたいような景色はなかったので省略。
どうだろうな、半分すぎて滋賀県に入った頃、こんな信号があって、おお、相模というのは、静岡や神奈川だけじゃないのかとおもしろがった。このそばに地元でもよく世話になる自転車の「サイクルベース・あさひ」があったので、ブレーキが最近あまり効かなかったので直してもらったらそれ以降実に快適になった。
あと、その先で川を渡ったけど、名前が「狼川」だったぜ。由来を知りたいものだ。
草津に着いて夜飯はこの旅の最初から通じて初めて、ラーメンを食った。博多ラーメンは自分の最も好きなジャンルなんだが、めん壱という駅前の店で食ったけど旨かった。もちろん替え玉したし餃子も食った。なにせ30km以上走ったからね。
でも移動の前に朝8km弱走っていたから、距離的にはそんなでもなかったことになる。
このラーメン屋はたしかばんから横町という昭和30年代を模した地下のフロアにあった。でも居酒屋やラーメン屋はこの景色に合うけどインターネット漫画喫茶があったけどまったく似合ってなかった。さあ、京都会館に戻ろう。
さすがに本番だから自転車を袋に入れて輪行して電車で行く。
まだこんなのがあったんだ
6/3に京都市交響楽団によってチャップリンの「モダンタイムス」のライブシネマ、つまりチャップリンの映画の上演にオーケストラが彼の書いた音楽を生演奏をする催しがある。
1990年代からチャップリンが作曲したオリジナルの譜面を再構築するという作業が研究者たちによって行われているようです。
というもので、かつて新日フィルが「街の灯」などをやった時にも弾いたけど、この催しを日本で初めてやったのも、そしてそれ以来意欲的に続けているのは京都市交響楽団である。
6月には街の灯も京都で再演があるらしいけど、自分はモダンタイムスだけにでる。
譜面をみるとかつて自分が弾いたキッドやのらくらや街の灯とはくらべものにならないくらい難曲である。
あのストーリーを考えたら当然のことだろうけど、そのコンサートの前(今度の日曜日と29日)に、京都市内でプレイベントがあって、指揮者の齊藤一郎氏と評論家の川村輝夫氏と三人でトークと演奏をすることになっているので、その打ち合わせで練習所に行った。
(本筋と関係ないが、連休後大阪に出かけたときは自転車を担いで行ったので、京都でも自転車で乗り付けた(爆))
打ち合わせの後、指揮者の齊藤氏とオーケストラの担当者と入った店にこんなものがおいてあった。そういえば、昔の喫茶店や焼き肉屋によくこういうのあったけど、最近は見かけないな。
洋上の女神
おりえんと・びいなす“日本一周クルーズ”
洋上の女神
洋上の女神
98/4/17アフターディナー船上Concert
白石 准はコンサートホールではない様々な面白い場所で演奏してきたけど、ありそうでなかったのが船の上での仕事だ。
今回の指令は豪華客船の旅だった。
俺が乗船したのは、そのクルーズが出発した東京ではなく、出港して数日後に停泊する福岡から乗ることになっていた。
そしてその任務は山口の隠岐の島から富山の高岡のそば、伏木という港へ行く途中ディナーのあとにするConcertで、独奏である。
そして朝、港についたら完了するのであった。
豪華客船なんて乗ったことはないなあ。
船と言ったら井の頭公園や善福寺池のボート(すいません、地方の方、東京都杉並区のローカルな場所です。)か瀬戸大橋が開通する前の宇高連絡船かいくつかの短距離のフェリーしかないものな。
どうやら俺の弾く晩は「フォーマル」な服装で船内の自室以外は過ごさなくてはならないそうだ。
おお、なんか「たいたにっく」ぽいぞ。その日は「でかぷりお」の気分かもしれん。
「でかぷりお」も良いが、おれは「でかめろん」の方が好きだ。
乗船する前日に福岡に行ったがそこでの恒例の喰いまくりに関してはそのうちこの部分を修正するとして、いきなり乗船してみよう。
たくしーで桟橋に向かう。豪華客船の過ごし方を全く知らない白石 准だからとりあえずいつもに比べればちょっとばかり「だんでぃー」に決めて到着を待った。
その船体は自分を映画の中に連れていってくれるように実に優雅な姿だった。

写真提供「おりえんとびいなす」のゼネラルマネージャーの田中氏。感謝!
乗船する。目の前にいきなりグランドピアノ。
これは僕の弾く会場じゃなさそうだが、いきなり蓋をささえているつっかえ棒の場所が間違っているのが目に入り、案内しようとしている船員(と呼ぶとなんか違うな、これじゃポパイが出てきそうだ。クルーだクル〜)の方が唖然としている前でトランクを持ったままピアノの置いてある台に上り「よくまちがえるんだよな、、」ともぐもぐ言いながら、お節介にも正式な位置に直した。
よく波で蓋がはずれないものだ。ま、こんだけでかいんだからな、でっかいビルが海に浮いているようなものだ。
クルーズディレクターの服部さんに紹介されて、いろいろインストラクトを受けた。彼はまたネットワーカーだということがわかり、すぐに意気投合した。Macユーザーでないのが残念だったけど、SonyのVaioは薄くて羨ましかった。
自分のConcertの時以外は客と同じように過ごしていいそうだ。おお、豪華客船のお客だ、俺は。
小説や映画だと、一等客室とか二等とかグレードがあって二等の客は立ち入ってはいけないところもあるじゃん、だから俺が歩いては行けない場所があるかどうか訊いてみたら、そういうのは無いそうだ。
だから一番上のデッキ(6階だぜ!)にでたり、今はやっていなかったがプールのデッキにでたりしてみた。いい眺めだ。
他には運動不足解消のためのジムや、カードルームなどもあり、ラウンジもなかなか素敵な感じだった。カジノもある。
ますます映画の登場人物になった気分だ。
ランドリーや美容院もあり、至れり尽くせりだ。部屋もなかなか過ごしやすい良い部屋だ。窓の外の風景を見なければホテルと変わらない。
でも外の風景が気持ちを高ぶらせるよな。ふね〜ってかんじで。
一人でうろついていると、なおさら、「みっしょん・いんぽしぶる」、直訳すると「スパイ大作戦」の登場人物になった気もする。だれもいないデッキで、小型の秘密兵器の受け渡しなんかしたいなあ。
ここで、ストーリー的に必要なのはセクシーな女スパイだがどうやら年配のお客様がほとんどだから、残念ながらブロンドで雌豹タイプの、スリットの入ったミニスカートの諜報部員には出会わなかった。
あああ、デッキのプールで惜しげもなくそういうお方が見事なプロポーションを晒している季節にまた来たい!
でも、「みっしょん・いんぽしぶる」や「ばっとまん」「いんでぃぺんでんすでい」といったかっちょいい映画ではMacが重要な役どころででているのでその点は狂信的なMac使いのおれもそれらの登場人物に似てると言っても許されるかい?
実際は怪しい密航者がうろついているようにしかみえなかったろう。
だって一人でうろうろするような雰囲気ではないからな、乗客のほとんどは、年配の裕福なご夫妻とか家族連れなどであるようにこのツアーは見受けられた。
では次にどこに行ったか。それは間違いなく大欲情、違う、大浴場だ。
自分の部屋にはシャワーコーナーがあるだけだ。俺はとにかく風呂に浸かるのが好きだ。つまり「よくじょうがとてもすき」ということだ。
どういう意味であろうと。よく地方のConcertで宿泊施設に併設してある会場で演奏するとき、開演前に景気づけに温泉にはいっちゃって、いざ弾く段になるとふやけてどうしようもなくなることがあるが、Concertは明日だから今は良いだろう。豪華客船の客になるんだ、
すると突然、振動とともに風呂に波が立った。
な、なんだ?地震か?
おおおおお俺がこんなところで真っ裸で湯船に浸かっている間に
船が出港したのだ。
もう一度我に返っても桟橋には本当に誰もいないのだ。テープが乱れ飛ぶわけでもないのだ。ちょっと残念だった。
湯船にいたおれは、素朴な疑問を感じていた。
俺を受け入れている浴槽自体が海に浮かんでいるわけだから、、、、あまりくだらないので先に行く。
風呂から出て部屋にもどりしばらくすると奇態に、否、期待に胸躍るディナーの時間になった。
どうしていいかわからなかったがとりあえず食堂に行く。とても広い。実に沢山の人が乗っていたんだと言う事を改めて感じる。
やはり年配のカップルが多い。いいなあ、夫婦でゆったりと船旅かあ。とりあえず空いているところに座るとボーイの人が来て食事の用意をしてくれる。メインディッシュはすでに置かれているのでご飯と暖かい汁物などを持ってきてもらうわけだ。
誰も俺のことは無関心なはずだが、もう出港して数日たっているわけで、みんな別々に行動されているはずでも、船長主催のウェルカムパーティーなんかはすでに開催されているはずで、雰囲気的に一つの共同体が形成されているものだ。
自分はこの晩初めてこの人たちの眼に触れる存在だから「なんでこの奴は一人なんだ?」「いままで見かけなかったなあ、、」とか観察されている様な気 がして落ちつかなかった。一人で飯を食っている人はいないわけではなかったが、なんかとても陸の上のレストランに一人で入った感覚と違うものを感じてい た。
まわりの人に、自己紹介をしなくてはならないのかなあ、とまでプレッシャーを感じていた。とくに窓際の席ではなく結構中央のテーブルに一人だったから。
食事の感想から先に言うと、味、量とも申し分のない素晴らしいものだった。
それは翌日の朝食も、昼食も、船を下りるまで食事に関しては、年配の人が多いのにこんなに量があっていいのだろうかと思うくらいヴォリュームがあって、俺には嬉しいコース料理だった。
和洋食が混在したもので、メニューをデジカメで撮っておけば良かったとつくづく思った。
なかなかふざけた話題には俺の文章表現力が威力を発揮する時がある(という評判があるらしい)が、味について言葉で説明するのは俺にはとにかく下手だ。この手の話題ではいつも旨い旨いとしか書いていない。
で も本当に旨かった。旨いとしか書くことの出来ないから、デジカメで料理を写してやろうと持参はしていたが、なんかその図を想像すると、俺のように育ちがい いお坊っちゃんとしてはやはり行儀がいいとは言えないので座ったときにズボンの中で妙に存在感を主張しながらついぞ何も写すことはできなかったもどかしさ がある。
と書いてしまったが実の所は食っているときはWebの事なんか全部忘れている。
で、俺は何十とある8人掛けくらいの大きな丸テーブルに一人で座っていたのだが、その隣に少々お酒が入って猛烈に盛り上がっている一団がいた。
面白いおじさんが熱弁を振るっているらしくそのうちの一人のご婦人が、つっこみを入れながらとにかくすごい声で笑いころげている。
まるでお笑い番組のテレビのサクラの観客の笑いのような低い声で思いっきり笑っている。
みると椅子から落ちそうな瞬間もあって隣のご婦人と抱き合って支えあっていた。
俺はそっちを向いて食事をしていたのだが、おれもつられて笑いそうになるのをこらえるのに精いっぱいだった。
だって30秒から1分ごとに爆裂噴火しているのだ。
それととても対照的に、俺の反対側のテーブルでは大学教授風なロマンスグレーの紳士がまわりのご婦人たちに「シルクロードから伝来した文化の軌跡」について真面目にうんちくを垂れている。
聴いているご婦人たちも憧憬を隠そうとせず一生懸命聴いている様子である。
かたや、人生の辞書に苦悩という文字が存在しないのだろうなと思うくらい、
爆裂した笑い声。
俺の頭はこのコントラストに、熔けそうになっていた。
さすがの俺もどう処して良いのか悩んだ。
おれも本当は爆笑したいが、広いテーブルには他に誰も座っていない。
ここで俺がのけぞって笑い出したらどうなるのだ。
前述のようにもう数日航海しているからなんとなくお互いが話さなくとも、乗船している人間たちには暗黙の「共同体」ができあがっているようなのに、俺は新参者だ。
そいつがいきなりテーブルに一人でいて、話し相手もいないのに耳まで口が裂けているがごとく笑ったりしたら、、、、
でも隣で盛り上がりが大噴火しているのに、まったくポーカーフェイスで優雅にディナーを一人で味わっているのも、別のテーブルからこの情景を見ていたとしたら妙だろうな。
必死でこらえ、景気づけ、あるいは気をそらすために(?)にビールを飲んだ。
だんだんくらくらしてきた。自分は酔ったのだろうか、、、、初めて乗る船のせいなので、船酔いなのか酒酔いなのかわからない感じだ。
しかしもうこれ以上ここに座っていると、人間笑い袋のご婦人の声に素直に反応できない自分への欲求不満で、発狂しそうになりそうだったので、デザートを平らげてすぐ、部屋にもどることにした。
でも通路を歩いているときには困った。まだこの船の振幅に体が慣れていないのだ。
大きい船なのでそんなにひどい揺れではないが、たぶんこの手の船に乗る初体験の緊張と、あの爆裂した笑い声に打ちのめされてパンチドランカー状態になっていたのに加え、たったビール一本で泥酔してしまったのかも知れぬ。
夜にも試してみたが携帯電話が通じない事が多かった。海のうえだものな。なんか電波が追いかけてこないので不都合も確かにあるが、海の上なんだからそう言うことは忘れる覚悟が出来た。
それにコンピュータ無しの生活なんて本当に久しぶりだからな、妻もいないし好き勝手をしちゃおう。
そうそう、テレビのチャンネルを次々とザッピングしていたら、韓国の放送がとても鮮明に入ってきた。そうだよな、この辺ならそういうこともあるのだろうな、、、2002年サッカーワールドカップ日韓共催万歳!じゃない、韓日と書いてあるね。普通。
翌朝になった。少し寝坊したので朝食時間の終了ぎりぎりに昨晩食べた場所に再び行った。
笑いの女神にはできれば会いたくなかったのだが、俺が行ったときはもうほとんどの人は朝食を済ませたようで、がらがらの状態であったせいもあってとても静かだった。
ウェイターやウェイトレスには外国の人が結構いて、僕が納豆をかき混ぜているときに女の子がおひつを持って来てくれて親切にご飯を盛ってくれたので、ちょっと質問を投げかけてみた。
彼女は苦笑して首を横に振ったので、
"Japanese is very very funny people like me. Don't you think so?"
と言ってみたら笑ってくれました。
もちろん日本語は通じるようなのだが、せっかく海に出たんだ、外国船にのったテイストも味わいたい気持ちにもなっていた。
本当にお目出たい奴だ、俺は。でも本当にそんな気持ちになれるほどしゃれているのだ、この船は。久しぶりに人に「えいご」を喋ったなあと思いながら、朝飯にしては結構ボリュームがある食事に感動しながらまた舌鼓を打っていた。
食事をするエリアから客室へ通じる通路に休憩用の椅子とテーブルがある。こちらからは良く見えなかったが少なくとも20メートルは離れているであろうその場所の方からから、突然、また例の
「人の心を一旦掴んだら絶対に離さない、人間笑い袋状態の嬌声」
が聞こえてきた。
すくなくとも音楽用語で言えば昨晩はアンサンブルでのフォルティッシモだったのだが、
今朝はまさに独奏のフォルティッシモである。
「うううう、またか!」
でも決して不愉快なものではないのだ。だってあのご婦人、きっと人生を十分楽しんでいらっしゃるとしか思えないからだ。人を落ち込ませるより笑わせる方がいいに決まっているものな。
それにしても、すごい。
これは、誰かそばに連れがいたら、膝を叩きながら(考えたら不思議な行動だけど)絶対に感動を共有できるのに!!
そう、感動というのは自分一人で受けるよりも友人と共有するともっとおもしろくなるものだ。
突然美学的真理に目覚めた。そうだWebに書こう。
でもクルーズ・ディレクターの人が困るかな、などといろいろ思いながら食事を済ませた。
でも誘惑にあらがいきれず、一人で気味悪くにやけながら食い続けたことは言うまでもない。
さしずめ俺が猫だったら顔は食器の方を向けながら耳の方向は完全に通路側を向いていたことだろう。
隠岐の島へは、もともと船が大きいので桟橋に直接横付けできず、沖合いで碇を降ろし、大きなプラットホームの船を横付けして別の水上バスの様なものに乗り換える予定だった。(もろに手すりのない駅のプラットホームがそのまま船になったと想像して下さい。広さはそうだな、テニスコートくらいの広さかな)
この手順は、まるで
アポロ宇宙船が月を周回しアームストロング船長が月面着陸用の船に乗り換えて月に行くような感じだ。
しかしながらその日は波が高く、朝早く上陸できるはずだったがなかなかその連絡船に乗ることができなかった。
それでも数時間遅れでとりあえず島に渡った。だいたい、俺が乗船する前日なんか関東近辺は台風のような雨と風で、俺は福岡に飛行機でたどり着けるかどうかさえ心配した気候だったのだ。だからさしもの巨大な客船も揺れたのだろう。その日じゃなくて良かった。
時間もあまりないし、俺の任務本番当日だからオプショナルツアーを夕方まで楽しんでいる一般のお客様と違い、本格的に隠岐を探検する事もできず、約1時間くらいしか島ではぶらぶらできなかった。
イカ釣り漁船や、一般家庭の玄関の前に俺が新聞屋だったら間違えて新聞を突っ込みそうになる感じに小さい郵便ポストが何気なくあることに妙に感動してカメラに納めたりしたあと、帰りの連絡船(へんな書き方)を待つ間、漁協が直営しているみやげ物屋のなかの水槽をぼーっとして眺めている間に、
ハコフグのフォルムに惹かれた。
しかしなんだな、神さまは何故こいつをこんな形に作ったか知りたくなった。
どう考えてもジョークで作っちゃったとしか思えず、俺はどんな動物に生まれ変わろうとも文句は言えないが、箱フグだけにはなりたくねえな、
と箱フグに哀れみを感じていたらあっと言う間に時間になった。
(時間の経過を表す白石 准が編み出した新しいレトリック。)
島で食事をしなかったので、乗船するとすかさずまた船の食堂に行った。
さっき大量に朝食を食ってからまだ3時間も経っていなかったのに、、。二度も遭遇したあの「女神」はきっと島にいるのだろうと思い、海を見ながら窓際で舌鼓を打っていた。
しかし女神はいつでも俺を見守ってくれていたのだ。
なんと、俺の座っているすぐそばのデッキの出入口から、また土石流が流れるように笑いながら女神が登場するではないか。
なんと、島には行っていなかったのだ!飯を吹き出しそうになった。これこそ俺のウェブのごとく噴飯ものだ。
どうやら俺が興味を持った視線を浴びせかけているのを女神も感じているらしく、一瞬眼が合った。
不思議な気分だ。俺も盛り上がるのが好きなのだがら友達になりたかったのだが、どうもいつもの調子で自分から喋りかけるタイミングに躊躇しているのだ。
信じられないことにクルーズ・ディレクターの人に対して以外はほとんど無口な白石 准なのだ。
まったく、、俺はピアニストみたいだ。
で、夜になり、Concertの時間になった。
飯はどうしたかって?その時だけはルームサービスで食べたのだ。これもすこぶる美味しかったよ。
会場が船の先端に近いところだったので客室にいるときより揺れが大きいような気がした。
やはり海はあまり凪いではいないようだ。酒も入っていないのに、頭がくらくらする。
そうだ、揺れる列車やバスで本を読もうとすると、眼が異様に疲れて気分が悪くなるのといっしょだ。
いつものConcertの様にへらへらしながら喋ってConcertをすすめてる間はいいのだが、弾くときは視覚を含め、全神経が集中する。(おおいに疑問を感じる輩もいるだろうが)
そうなってくると、鍵盤が上下左右に微かに揺れているわけだから眼がまわりそうになる。
本当に酒に酔って弾いているのと全く同じだ。
これも何回かステージを経験するとだんだん慣れてくるのだろうが、何せ初陣だ。
文字どおり運命の波に翻弄されている自分を感じていた。
とりあえず終了した時はお客さんも結構喜んでくれたようなので、クルーズ・ディレクター氏も首が飛ばずにすみそうだったのでよかった。
プログラムは「白石 准の音楽世界の旅」と題していろいろな国の大作曲家の作品を集めて弾いてみた。船で航海している雰囲気に合わせてね、、、
終演後、その晩はどうやって過ごすか迷った。すぐに風呂に入るのもいいが、俺の部屋に近い会議室のような広い部屋で22時から映画の上映会があると聞いたので行ってみることにした。
演奏終了後間もなかったのでもちろん燕尾服のままだったのだが、部屋に行ってみると同時刻はダンスの時間であり、酒を飲んでいる人も多かったらしく、部屋には俺とビデオをセットしている係りの人だけだった。
「もう始まります。」と言われたし、他に誰もいないので、部屋を立ち去るに立ち去れなくなって、しょうがないのでそのまま座っていると、部屋が真っ暗になって映画が始まった。
SFの宇宙もののそれもどこかコメディーが入っているB級と呼べるやつで、係りの人もいなくなったので俺は広い部屋に燕尾服のままとりのこされて、人目を気にせず、ことさら大声でげらげら笑っていた。
腹が減ったので部屋に戻り差し入れのサンドイッチをくわえ、映画の所にもどると、ビデオは先に進んでいたので勝手に戻してまた見た。
なんということだ、そのうち燕尾のまま靴を脱いで床に座って、面白いところがあると前にも増して少々空虚な気がしたが、あたりをはばからず爆笑していた。
女神の前で笑えなかった悔しさをここで一気にはらすかのごとく、部屋に鳴り響く自分の声に高揚しながら。
でも我に返る(事もある)と妙だ。
さっきまでピアノを弾いていて終わった後、何人ものお客に囲まれてねぎらいと「感動した」というお言葉に汗をかきながら照れながら行儀良くお辞儀をして応対していた奴が、同じ服装のままでサンドイッチをくわえながら真っ暗な会議室でギャグに笑い転げている図はやはり変だ。
この瞬間だれかがこの部屋に入ってきて間違えて明かりを付けたら、結構肝を冷やすかもしれんと思った。だっていくらインフォーマルの晩だからといってお客様は大体ジャケットにネクタイ程度の姿のはずなのに燕尾を着て汗だくになっている(演奏直後だもの)訳の分からない怪しいやつ(船に乗っているひと全員が俺を聴いたわけではないからね)が床にあぐらをかいて笑い転げているのだから、、、、靴下もぬいじゃったし。
同じ事を何度も書いてしつこいレトリックだな、俺って。
揺れが気にならなくなったようだ。
朝になった。朝飯には不思議なことに女神には会わなかった。
やっと呪縛からとけたのだ。
下船する日なのだから縁起がいいぞ。でも女神に会わずにもう船を降りるのか。なんかちょいと寂しい気分になってきた。もっと乗っていていろんな人と仲良しになりたいものだ。
昨晩、短い間だったが深夜スタッフルームでクルーズ・ディレクターをはじめカジノの人とか他のバンドのひとと乾杯した。もっと 乗っていれば盛り上がったのにな。俺はギャンブルはやらないのでカジノの人たちと喋ることができて面白かった。もし自分の妻がギャンブルの専門家だったら どういう結婚生活になるのか想像して興奮した。
しかし、秘密諜報部員は任務を完了したらすぐに、姿を消すのが相場ときまっているのだ。
すぐに東京に戻って「別の人間」にならなくてはならないミッションがあったのだ。そう、今晩はシンセサイザー弾きとなってオーケストラの練習にでた あと、夜遅く金管楽器のアンサンブルのピアニストにもなりすまし練習につきあわなくてはならない。怪人二十面相はめずらしく忙しかったのだ。
そうして港に着いてクルーズ・ディレクターの服部さんに挨拶をしたらとても親切なことに駅まで一緒に荷物を持って送ってくださった。短い間だったか本当に面白かった。感謝!
駅に着くと高岡行きの列車がまさにホームに入ってくるときで急いで切符を買い、階段を走って向こう側に見えるホームを目指していたら!
さすがだ!どこにいても「布教」に余念がないらしい。
階段の下の方にいる女神も乗り遅れそうになってあわてていた。そして階段を駆け下りてくる俺を見上げて、「まにあうかな?」とすこし心配してくれているような眼でこちらを見ている。
「や、優しい人なんだ!」と思った。
ホームに降りたときに彼女たちが列車の前で閉まったドアの前で立ち尽くしているので、ついに俺は口を開いた。
それに気づいた女神のご一行は、ドアが開くまで待とうとしていた自分たちを恥じて再びその場で爆笑噴火した。
ま、まずいことを教えてしまったかも、、余震が止まらない激しいものだった。
驚くべき事に一昨日のディナーで俺の後ろでシルクロードの文化について「講義」をしていたダンディな教授風な紳士もそのご婦人たちのグループに同行しているのだ。
女神の御利益というか誰とでも仲良くなる才能なのだろうか、それとも最初から知り合いなのか?それにしちゃ、一昨日の「世界」の違いはなんだったのか、、、
頭の中に一瞬にして哲学的な悩みが駆けめぐり、反射的に女神一行のいない方の車両に駆け込んでいた。
女神が乗り込んだほうの列車の被害がどれだけ甚大なものであったかは想像に難くない。
席に座ってからも連結部分の奥から絶え間なく聞こえている絶叫のような爆笑のこだまを聞きながら列車の高岡への到着を待っていた。
最後の最後まで人間笑い袋に守られて俺は事故も無く、でかぷりおにもならず、無事高岡の地を踏むことになるのだから、彼女はきっと僕の守護霊だったに違いない。
そのあと、女神とも駅で挨拶もせず別れ、空港行きのバスを待つ間、富山に来たおりは必ず買う、「ブリ寿司」、いいか、鱒寿司もいいけど、俺は断然ブリ寿司派だが、それを買って飛行機の切符を見たら卒倒しそうになった。 なんと、
ではないか!
昨年のスコチッチとのツアーの最後の奄美の空港での乗り遅れ事件(びーた日記/スコチッチ日本ツアー、奄美編を参照のこと)に続き、またもや絶体絶命だ!
俺が大馬鹿野郎で、事務所に切符を発注したときに帰りの日付を間違えていたのだ!
でもって、空港に着いたときにカウンターのお姉さんに泣きついたら、ちょうどその日は奇跡的に好いて(誰を?俺かあ、そうか、、)、違う!、空いていたらしく、ありがたいことに変更あつかいで目指す飛行機に乗せてもらうことが出来た。
これも「守護霊様」の御利益だろう。おかげで東京で待ちかまえていた仕事には何とか間にあった。
豪華な客船に乗って素敵な海を見ながら、美味しいものを食べて、スタッフの素晴らしいサボートのおかげで気持ちよく(頭がぐらぐらしながら)ピアノが弾けて、たぶんお客様には喜んでもらえて、かつ
「人生はいつでもどこでも笑い続けなくてはいかん」
と身を持って教えてくれた女神に会うことができて今回の仕事は本当に充実したものだった。
ただ、船のなかでお湯に浮いていたときに自問した、
「俺は海に浮いていると言えるのか」
という哲学的命題に関してはいまだに修行が足りず、回答がでてこんのだが、、、、
南フランスのトゥーロン国際オーボエ・コンクールの思い出
内容はたぶん1984年ころの話です。時は今と同じ五月中旬のころ。
★深夜
そいつは不意に闇の中から音もなく俺たちに襲いかかった。
「なんだこりゃ!やばい、逃げろ!」
あわてて俺とS.Oは数メートル先のエレベーターに向かって走った。
振り切れる相手では無いことを十分理解はしていたものの、そうするしかなかったのだ。
深い絨毯の毛にこのパニック状態で走っている状態はまったく音を吸い取られているので、我々の叫びとそいつの息づかい、そしてエレベーターが作動しはじめた音だけが深夜のホテルのロビーに嫌に大きく響いた。
「眼を合わすと殺されるぞ!」根拠は全くなかったが何故か俺は叫んでいた。
俺たちがエレベーターに乗ろうとするともちろんそいつは牙をむき出しにして荒い息づかいとともに一緒に飛び込んできた。
「なんだ!こりゃ!」
5人も乗ったらぎゅうぎゅうのエレベーターに100キロを超えている男と俺がのっているだけで隙間はほとんどないのに、それにそいつがいるのだ。
おれはこれでも昔俊足フォワードでならしたサッカー少年だったのだ、
得意のフェイントをかければ振り切れる、
そう思い、俺だけ一旦エレベーターから降りて相手の注意を引きつけておいて、S.Oにドアを閉めさせ閉まる寸前にエレベーターに飛び込めばそいつをそこに置き去りにすることができると考えた。
しかしその淡い期待は無惨にも砕かれた。
そいつはドアが残り30センチくらいになっても全く意に介せず追って入ってくる。
「畜生!もう一度だ!」同じ事を数回試したが、徒労に終わった。
「よおし、先に行っていてくれ、俺が撒いて後から一人で7階までなんとか行くからさ」
「大丈夫か?本当に、、」
S.Oは、いつもの尊大な態度からすると柄にもなくとても不安そうに問う。
「今のところはまだ相手の攻撃がないが、早くしないと二人とも命は無いかもしれん、行け!」
そしてS.Oは一人エレベータで上がっていった。
振り返るとそいつは人っ子一人いないホテルのエレベータホールの闇の中で不気味に俺をにらんでいる。息づかいは荒い。
ふと我に返ると、ほとんどハードボイルドの主人公気分だった。
さっきまでしこたま飲んだワインで泥酔している頭で今置かれている状況について頭を働かせた。
日本を離れ、この五月という薔薇の咲き乱れている素晴らしい気候の中それも地中海に面したこの美しい南仏のトゥーロンのホテルで俺はなんでみんな寝静まったこの真夜中にこんな奴と対峙しているのだ。
ここで俺が食い殺されたら友人はどう思うのだろう。
しかし不気味な奴だ。
そしてどうしてここにいるのだ。
ここはトゥーロンでももっともグレードの高いホテルじゃないか。
このホテルは山の斜面に建てられており、玄関から入って自分が泊まっている部屋にたどり着くのに、もともと最初は4階建てだったのだろうがまず4階までエレベーターに乗り、そして20メートルくらいの距離を建物を横切って反対側の壁にある別のエレベーターで増築されたのであろう7階まで昇ってたどり着くことが出来るのだ。
その横切っている最中にそのフロアの客室に通じる長い廊下の奥からそいつは飛び出してきたのだ。
俺は動物は好きだ。
今は猫を飼っているが、子供の頃は大きな秋田犬が家にいた。
しかし俺の目の前にいるそいつは、真っ黒いドーベルマンで、体格も半端じゃない。
そしてその日は雨が降っていたのだが外に行っていた(外から来た?)のか全身が濡れているからよけい僅かな光の中でてらてら光っているからよけいに恐い。
「おい、犬!」
意を決して呼びかけてみた。
だめだ、言葉が通じないようだ。
今度は“Chien!”とカギカッコまで翻訳してまた呼びかけてみた。
おれだって犬と喋るくらいのフランス語は操ってみせたい。
どうも上手くいかん。
どう展開するのが上手く行ったことになるかわからなかったが。(爆)
俺には格闘技の心得はまったくなく、とくに腕のリーチときたら、
「手短にお願いします」
というのは俺の為にあるようなもので、足と手は異常に短いのだ。
だから格闘技には向いていないし、あったとしてもこんな奴相手と直接格闘になってもほとんど誰も勝ち目がないので得意技の懐柔作戦(爆)に出た。
しかしこちらはこの手の敵に対する最終兵器としての「食い物」をもっているわけではなく、まったくの徒手空拳なのだ。
そしてまずいことに泥酔している。
ああ、お腹一杯で店に残してきたピザを持って帰れば良かった。
このピザの事はあとでゆっくり説明してやる。
しょうがないから
ゆ っ く り
ゆ っ く り
と体を移動させてふたたびエレベーターの方に向かったら、またあっと言う間に箱に乗ってきて、今度は二人きりになったことを喜んでいるかのように手すりに前足をかけて立ち上がった。
おお、なんということだ!
俺と背丈は変わらないではないか。
頚動脈を噛みきられる!
と覚悟した瞬間、首筋や耳たぶを舐めはじめた
「あ、そこ、感じちゃう!だめよ!あああ」
バキッ!!☆/(x_x)
でもこのままではらちがあかないので、また降りた。
深夜なので階段に通じる場所が防火シャッターの様なものでふさがっていたことを発見し、またゆっくりと後ずさりしながら後ろ手にドアのノブに手をかけた。
もちろんそのあいだもドーベルマンに向かっておべんちゃら(?)をささやいていたことは言うまでもない。
ゆっくりドアを開けるとすばやく体を階段室に潜り込ませ、奴が入ろうとするまもなくドアを閉めた。
やったぜ。
これで、く、食い殺されず済んだ。
いそいで階段を駈け昇りS.Oの待つ7階まであっという間に行った。
どうでえ、俺ってこんなに足が速いんだぜ!
ノックして彼が不安な様子で「どうだった?」と訊くから「撒いてきたぜ」と言ったら二人で笑い転げた。
おわっちまえば笑い話だ。
S.Oも酒が入っているので、「おい、もう一回見て来いよ、おもしれえから」という。
俺も階段を駈け昇っている間により酒が回ってきたので勢いづいている。
一緒に行こうと誘ったが、
「俺は犬は苦手なんだ」
といいやがる。
おもしろくねえなあ。
そして結局一人でまたエレベーターで4階まで降りて、あたりを伺いながらロビーにでた。奴はいない。どこにいったのだ?
おそるおそる客室に通じている長〜い廊下の所にいって眼を凝らした。
そしたら暗闇の中、遥か彼方の部屋の前で丸くなって寝ている奴が見えた。
「おい!犬、い、ぬ!、また来たぞ!」
とプライドをもって日本語でささやきながら叫ぶと、奴は眼を覚まし、恐ろしいスピードでこっちに向かって走ってくる。
そして「再会」の感動を奴は表すために前足で俺の足を抱きしめはじめた。
こ、この腕力がすごい。
身動きがとれないのだ。
だれもいない深夜のホテルのロビーで、てらてらしたドーベルマンと社交ダンスを踊っている間に悪魔が俺にささやいた。
「S.Oの部屋までつれていけ。」、、、、、
そうだそうだそうしよう。
おれにもろ差し状態で抱きついている犬をずりずり引きずりながらエレベーターの方に向かう。
重すぎる。
しかしこの情景を誰かがみたらどうおもうのだろう。
そしてエレベータに一緒に乗った。
ほとんど、泥酔している奴を介抱しているような状態になってきた。
この情景は実に奇妙だ。
7階まで昇るあいだ、そいつは俺と一緒に立っていたのだから。
もちろん手すりには掴まっていたが(爆)
着いた。
俺が降りるとそいつは後ろからついてきた。
もうこうなったら俺の家来だ。
ざまあ見ろ。
そしてS.Oの部屋の前に来た。
ノックする。
なかから、「どうだった?」の声。
「う〜ん、もういなくなっていたよ。飼い主が部屋に入れたんじゃないのか?」
と答えた。
なかなかドアを開けないので
「ちょっと飲もうぜ」
と催促する。
そして彼がドアをあけたとたん、
巨大な奴の体を彼の部屋に押し込んだ。
S.Oは悲鳴をあげて、
「おい、冗談じゃねえぞ」
といってすばらしい反射神経でドアを閉めた。
残念!犬は追い出されてきた。
ドアの外で俺はげらげらわらっていた。
近所迷惑もはなはだしい(おい!)
S.Oが怒ってしまったのでしょうがないからおれは犬をつれて自分の部屋にもどった。
このまま寝るのももったいないので部屋において有るミニボトルのブランデーやウィスキーをついで犬の顔をみながら一人で飲んだ。
奴はすっかりおちついてしまった。
ま、こういう「浮気」もたまにはいいだろう?
と犬にへろへろになりながらしきりに話しかけていた。
実は結構おとなしくて良い奴だなと思った。
このままずっといっしょにいようぜ、とかなんとか言ったところまで覚えているが、気がついたら犬と寝ていた。
一旦眼が覚めて、横に奴がいるからびっくりして、
「そうだ、朝になって飼い主がこいつがいなくなったことで騒ぎだして俺と一緒にエレベーターから降りてこようものなら、国際問題に発展するかもしれん。」
と思い、奴をもとの場所に返すことにした。
でもどうしてこいつは俺になつくのだろう。
いくら白石准が動物と子供と年寄りだけにもてるからといってもこれは不思議だ。
まだ酒でもうろうとしている頭に、ある記憶が蘇ってきた。
数日前にチェックインしたおりに、荷物をもってボーイと、そうだ、この国ではギャルソンというのか?とにかくそいつとエレベーターに乗ったとき、この犬と飼い主も同じエレベーターに乗っていたのだ。
俺はホテルに動物が人間と一緒に泊まれることを知ったカルチャーショックとともに、
(べつに盲導犬ではないぞ、後でフロントにいってきょろきょろしたら、なるほど、動物の宿泊料まで書いてあった。いくらだったかまでは今となっては覚えているはずがない。)
俺の目の前に犬がお座りをしていたので、頭をなでながら、飼い主に、“Très joli!”「トレ・ジョリ、とても可愛いですね」と言っていたのだ。
正しいフランス語かどうかしらんが、とにかくホテルに来る道中の間にずいぶんずうずうしくなっていて誰かにフランス語を喋りたかったのだ。
そしてエレベーターを降りるまで触っていたので奴は俺のことを覚えていたのだ。
だからその夜たぶん、うんこでもしに外にいって雨に濡れて帰ってきたら飼い主がもう寝ていて部屋に入れてもらえず手持ちぶさた状態(前足ぶさた状態か、)だっただろう。
ちょうど良いタイミングで普段みなれない謎の東洋人の臭いがして、見に来ると一度触られた相手だと思いだし、じゃれてやろうと思ったのだろう。
ドーベルマン之助事件は一件落着だが、だいたい、何故ホテルに泥酔して帰ったか教えてやろう。
旦過の湯
これは長野県の下諏訪温泉にある「たんがの湯」という温泉だ。ここに行ったのは、2005年の10/4、前日に伊那でピアノを弾いた帰りに車で高遠を通り、そこで松茸三昧の接待を受け(これは後日投稿しよう)、諏訪に抜けようと思ったが、どうせなら温泉に入りたいと所望したら送ってくれた人がそれなら面白い温泉があると連れて行かれたとこです。
旦過とは、gooの辞書で参照してみると、
〔夕に来て早朝に去る意〕
(1)禅宗で、行脚僧(あんぎやそう)が宿泊すること。また、その宿泊所。
(2)禅宗で、長期の修行に来た僧を、数日定められた部屋で坐禅させること。
という意味らしい。初めて聴いた言葉だ。
しかしその「静的」なイメージとはほど遠い過激なお湯でした。
温度計はなかったとおもうけど、生涯入ったお湯の中でももっとも熱いと思われる温度で、最初は同行者と共に、数秒しか入れず浴槽から出てはわけのわからない踊りを踊りたくなるくらい(爆)な熱さなのです。
十人も入ったらいっぱいになりそうな広さの浴槽と洗い場だけのシンプルな浴場でした。
僕らが入ったときにいらした地元の人に言わせると「今日はぬるい」といわれて唖然としました。
しかし不思議なもので、何回かトライしている間に体が慣れてくるのです。
そのうち肩まで入れるようになって体は真っ赤だけど、気持ちよくなってきました。
そしてお湯からでて、車で上諏訪駅まで送ってもらおうとしたらなんと、エンジンがかからない!
いろいろ試したけどちょっと無理そうなので、レスキューを呼びましたが、神奈川まで帰らなくてはいけない僕だけタクシーを呼んでもらいました。
道中タクシーの運転手さんに実に驚くべき事を聴きました。
ここは沸かし湯ではないので、日によって温度のばらつきがあるそうで、だから、地元の人はあれでも「今日はぬるい」と言ったのだ。
もっと熱い日もあるんだ(驚)
今じゃこの旦過の湯がこの辺りのもっとも熱いお湯なんだけど、しかしもっと熱い温泉が道路から見えるちょっと山に登ったあたりにあったそうなのだけど、あの阪神大震災の翌日から湯の色が変色し、温度も下がり、とうて営業出来る状態にならなくなって閉店になったそうです。
長野県と阪神と言ったらどれほど離れているか考えたら、あの地震の影響かどうかは、専門的にどうなのかはわからないけど、ずっと長い間出続けていた温泉があの翌日を境におかしくなったことを考えると無関係ではないでしょう。
地球規模と言うには近い地域ともいえるけど、人間の体の大きさからすると、そんな距離にも影響したのかとおもうと唖然とするしかなかったです。
サンタ・バーバラの思い出
1989年くらいだったか、NHK交響楽団の首席トランペット奏者の津堅直弘氏率いるThe Trumpets 5というグループの、アメリカのカルフォルニアにあるサンタ・バーバラで行われていたトランペットのフェスティヴァルでの演奏に参加したおりに、訪れた美術館の作品。結構こういう形のオブジェ好きなんだ。
秋田人情物語
*****
この秋は見知らぬ人の人情に触れる機会が一度ならずあった。
人情の定義はむつかしい。
しかも身分不相応に普段から周りの人に親切にしていただくことは多いと思っているので、この事例だけ取り上げるのも、その他の場面に親切にしていただいている人に申し訳もたたない気もするが、ドラマみたいな情景が現実にあるんだというこぼれ話として読んで欲しい。
まずは十月のこと。
秋田県の湯沢というところに、秋田出身の歌手、ぶんぶんさんとホテルでディナーショウの仕事で行った。
リハを前日の深夜にしたあと、当日は、本番直前までその場所は別の催し(お医者さんの学会で、その夜のディナー時に我々が演奏するのだ)をやっているので、朝からすることがなかった。
故に、舞台監督の男性(もちろんそのとき初対面だったが)と近くの温泉に入りに行った。
とても良い湯だったのだが、まだもちろんホテルに戻るには早すぎた。
歩いてそこに来るときに、「ダリア園」という看板を見たので、温泉の主人に聴くと、歩いて20分くらいで行くだろうとのことなので、向かってみた。
しかし、あるけどあるけど、着かない。
元々、マクドナルドも吉野家もスターバックスもない町で、コンビニさえ見かけなかったから、店がある町並みを過ぎ去ると段々不安になった。
道を間違えているはずはないしどうしようと思ったところ、酒屋さんというか、看板にデイリーヤマザキと書いてあるコンビニが見えた。
温泉上がりだし、歩いて喉が渇いたから、そこでスポーツドリンクを買いながら、「ダリア園は近いですか?」と聴いたところ、「歩くなんてまだかなりありますよ。何なら送ってあげましょうか?」と予想外のお返事をもらった。
これには二人ともあっけにとられたが、優しそうなご主人は、みしらぬ怪しい男の二人連れを後に車に向かっている。
「い、いいのかなあ、、、」って顔を見合わせる二人なんだが、気がついたら僕はどんどんと軽自動車のバンの後部座席にずうずうしく座っていた。
そして数分載せて頂いて、今日はなぜここにいるかとか、自分の正体を明かしているあいだに着いた。
やはり僕がピアノ弾きだとは想像もつかなかったらしい。(爆)

そして花を愛でる柄ではないが、そこ一面にひろがるダリアを満喫し、何枚も写真を撮って、ダリアがこんなにも種類が多いのか驚嘆した。
そして帰りにやはりお礼を言うしかないだろうと、今度は歩いてそこまでもどり、もう一度入って、地ビールなんかをお礼に買おうとしたら、主人は配達で不在だった。
代わりに応対してくださったのが、なんと美しい、まさに秋田美人とはこの人だという様な、若い奥さんだった。
これには二人ともびっくりし、よけいなものまでたくさん買い込んでしまった。
この奥さんも我々の訪問の話を聴いていたようで、「あ、あのダリア園の人」と行ってくれたのには、渡世人としてはなんか嬉しくて、深々とお礼をして、店を後にした。
二人とも、「あの夫婦に幸あれ」っていいたいよね。
なんて悦にいっていた。
優しい亭主に美人の奥さん。のどかな町で見知らぬ僕らに親切ととびきりの笑顔をくれました。
ダリアも美しかったけど、奥さんの美しさはそれ以上でした(^^)V
そういえば、湯沢のホテルで前日の夜、一人で飯を食っていたとき、レストランでハンバーグを頼んだ。
(またかよって知らない人に言うとだいたいそのメニューのある場所では95パーセントの確率でそれを頼む)
待っているときに、別に催促したわけではないのに、ウエイトレスがそばにきて、「もうすぐできますからね」なんて言ってくれたことを思い出した。
朝飯の時、別のウェイトレスが「納豆は食べられますか?」と質問したので、「大好きだぜ。二人分持ってきても良いよ」なんてジョークを飛ばしたら、本当に二人分、それも小さなカップじゃなくて普通僕らがスーパーで買うあの正方形のケースの分を二つ持ってきてくれた。
そして演奏後、近所の割烹に行って「きりたんぽ」をごちそうになったのだけど、個室に運んでくる仲居さんはいれかわりたちかわりみなさん違う人たちだったのだが、僕が馬鹿話でぼけるとすべての人は、「のりのり」でつっこんでくれた。
関西の人のつっこみとは違うんだけど、東北の人はもっとシャイで無口かなと思ったけど、もう、おもしろくておもしろくてすっかりたのしんじゃいました。
この話とはちがうけど、11月に、那須に行ったときにも、新幹線の駅のそばの売店の人に、ただで、おまんじゅうをもらうことにも遭遇して、(びーた日記の那須の項を参照のこと)地方に行って人のやさしさに触れてなんか、ほのぼのとする秋を過ごしました。
給与生活ではなく、苦しい毎日ですが、こういうことがあると、「ルーチンワークじゃない渡世人ならでは」だなとちょっと自分を慰められたりできます。(爆)
優しい人ってたくさんいるんだね。
本来宗教や民族を超えてみんなこうやって触れあっていけば戦争はおきないはずだ。
そのために俺も音楽をするべきなんだ。
なんて書くと偽善的な優等生みたいになるからここで終わり。
ダリア園は大きいのから小さいのまで色とりどりの花が綺麗だった。
たしかあのコンビニ、大友商店さんだったと思う。
湯沢のダリア園に向かう街道の右側にあったよ。
そっちに行ったら是非とも地ビールを買いましょう。
もう一つの驚きはダリア園の脇に、しおれて捨てられたダリアの数々。
でも花の絨毯のように眼についたので写したけど今じゃどっかに写真いっちゃった。
捨てるのはもったいないほど綺麗な花の色だったよ。
生えているのも綺麗だけど、捨てられた花にこんなに立ち止まったのは初めてだった(爆)
本当に人が歩かない町だ。道路に人気がなかった。
みんな車で移動するのだろう。
しかし、歩きながらふと、「今日お会いするのが初めての二人が一緒に温泉に入って、町の人の人情に触れる」っていうのも昨日の晩には想像しなかったことですよね、ってお互い言い合っていたのが印象的だ。
人生ってドラマチックだな。(爆)




★10月に幕を開ける

