牧野ヴァイオリン教室発表会
2008-06-21
今年で21年目になる横浜の教室の助太刀です。
今年は日曜日ではなく土曜日の本番です。
13:30から21時まで途中休憩を除き、ずっと弾きます(爆)
ヘビーな曲目白押しです。
でもライフワークになりました。
いつもは朝から夕方までなので、とちゅう、一時間の昼食休憩がありますが、今回はその休みも30分しかありません。
桜木町の紅葉坂の途中にある神奈川県立音楽堂で弾いてます。
あいにくの雨になってしまいましたね。
今年は日曜日ではなく土曜日の本番です。
13:30から21時まで途中休憩を除き、ずっと弾きます(爆)
ヘビーな曲目白押しです。
でもライフワークになりました。
いつもは朝から夕方までなので、とちゅう、一時間の昼食休憩がありますが、今回はその休みも30分しかありません。
桜木町の紅葉坂の途中にある神奈川県立音楽堂で弾いてます。
あいにくの雨になってしまいましたね。
二丁目コンサート2008/4/23
2008-04-29
二丁目といったら新宿の独特の町を思い浮かべる人がいるかもしれませんが、これは、東京のとある個人宅でのコンサートでした。
仲良しのソプラノの人見共さんのお宅で、数ヶ月ごとに行われている地元の人たちと彼らの近しい人たちのためのものでした。
ピアノはホフマンというウィーンの100年以上前の楽器でした。
何度も歌の伴奏のリハーサルで弾いたことがあったのだけど、本気で独奏をするのは初めてだったので、一つ独特な現象をこの楽器に発見しました。
写真のように弦は短い小さな楽器なのに、曲の最後などに和音をのばしっぱなしにすると、残響はほとんどない部屋なのにいつまでも消えないのです。
いつまでも、というとおおげさですが、すばらしい音色のままずっと延びているのは気持ちよいです。
この日は二度の満員のコンサートでしたが、夜は料理付きで、スペイン料理ということで、スペインの曲を弾きました。
仕事と言うよりホームパーティーみたいなものでした。
終演後、料理が出始めたころの写真です。
様々な人と知り合えて楽しかったです。
今年に入ってほとんど独奏はしてなかったので、こう久しぶりに、しかもすばらしい楽器でやると、なんかふつふつ燃え上がってくるものがありました。
感謝。
仲良しのソプラノの人見共さんのお宅で、数ヶ月ごとに行われている地元の人たちと彼らの近しい人たちのためのものでした。
ピアノはホフマンというウィーンの100年以上前の楽器でした。何度も歌の伴奏のリハーサルで弾いたことがあったのだけど、本気で独奏をするのは初めてだったので、一つ独特な現象をこの楽器に発見しました。
写真のように弦は短い小さな楽器なのに、曲の最後などに和音をのばしっぱなしにすると、残響はほとんどない部屋なのにいつまでも消えないのです。
いつまでも、というとおおげさですが、すばらしい音色のままずっと延びているのは気持ちよいです。
この日は二度の満員のコンサートでしたが、夜は料理付きで、スペイン料理ということで、スペインの曲を弾きました。仕事と言うよりホームパーティーみたいなものでした。
終演後、料理が出始めたころの写真です。
様々な人と知り合えて楽しかったです。
今年に入ってほとんど独奏はしてなかったので、こう久しぶりに、しかもすばらしい楽器でやると、なんかふつふつ燃え上がってくるものがありました。
感謝。
胡桃割り人形を連弾で弾いた
2008-02-27
もう昨年の話になるけど、12月6日に東京の市ヶ谷のルーテル教会のホールで、長年お世話になっているサイガバレエの人たちと「胡桃割り人形」の公演をしました。まあ、普段バレエをやるような場所ではないし、それゆえ、「ピアノで弾いてちょうだい」と電話で連絡が数ヶ月前にあったときは、びっくりしました。
金平糖をピアノで弾くのは嫌だなと思っていたので、連弾にしたらそのときだけチェレスタをキーボードで弾けばいいかななんて思ってました。
でもそうなるとハープも本物が欲しいと思い、相談したところバレエ教室の生徒さん(小学生)のお母さん(金淵洋子さん)がハーピストだということで、お願いして、とても珍しいピアノ連弾(パートナーは服部めぐみさん)とハープのトリオで臨みました。
二回公演にするために、かなりのカットをし、一幕はほとんどカットされましたが、いわゆるオーケストラで良く耳にする組曲の曲は全部入ってました。
逆に普段バレエのピアノを弾いていない僕からすると、このお話がなければ一生弾かないであろう場所まで弾くことが出来て大変良い経験を積めました。
雑賀先生の演出も彼女らしい「遊び」の心が入っていて、ドロッセルマイヤーさんがなぜかジャグラーで(爆)、途中、ジャグリングのショウの場面が作られていて大変楽しいものでした。
蛇足ですが、中国の踊りの途中では、譜めくりの架谷由紀子さんにも手伝ってもらって一瞬三人の連弾になりました。
「肝っ玉おっかあとそのこどもたち」録音
2008-01-11
一昨日は近々CDになる自分で作曲した“どんぐりと山猫”と“セロ弾きのゴーシュ”の最終段階の編集に都内のスタジオに行ってお付き合いした後、夕刻からいつもお世話になっている池辺晋一郎さんのお仕事で早稲田のスタジオで録音でした。
だいたいこういう仕事は行くまで、あるいは終わった後も演目がなんなのかも知らないで弾いていたりするもので(爆)、弾いた結果も観たりするチャンスを逸してしまうことが残念ながら多いなのですが、どうやら、ブレヒト作「肝っ玉おっかあとそのこどもたち」という芝居の音楽の録音でした。
てっきり池辺さんのオリジナルかと思いきや、ブレヒトときたら、ワイルという作曲家が思いうかぶけど、パウル・デッサウという人の音楽で、もちろん、オリジナル通りの編成ではなく(今回弦楽器がいなかった)、ピアノと打楽器とクラリネットとトランペットとガットギターというおもしろい編成に池辺さんが編曲したり、場所よってはデッサウのモティーフから自作された転換音楽だったりした。
最初は自分の書いたものを将来的に出版するにはどうしたらよいものかというご相談を池辺さんにしていたので、(通常こういう仕事はリハーサルがなく、当日録音するので、初見で弾ける様に書かれることが常識)録音開始10分前まで話し込んでいたらお弟子さんでアシスタントの人やマネージャーが来て「今回はピアノの音数が多いのですみません」とかいうから焦って楽器のところに行ったら結構普通より譜面が黒かった(爆)
そうか、今年最初の演奏の仕事だったのだが、作業が始まりスタジオ内で「草笛さんが、もうすぐいらっしゃいます」とかという言葉が聞こえ、もしかしてそれは、草笛光子さんのことかなと思っていた(ということは、これは歌の曲だったんだとその時に知った(爆))らやはりその通りだった。
彼女とは前世紀末に上演された東宝ミュージカルの『ローマの休日』で交流があったので、懐かしく思い、休憩中に外にでたら、なんと、別のミュージカルで共演した俳優や稽古ピアノの人にも会ったし、打楽器は自分の卒業した大学でかつてスネアドラムのレッスンを受けたこともあった先生で、ちょっとわくわくした。
残念ながらというより当然のことながら、草笛さんは僕のことを忘れてはいたが(爆)、梅田での公演の際、オーケストラピットが小さいのでキーボーディスト二人だけ舞台上手の奥の部屋でテレビモニターの指揮を観ながら弾いていたことがあり、そのときには出番が近づくと部屋にお越しになり、毎日差し入れの果物やお菓子をいただいたものだったのだ。
公演は今月の終わり頃なので、自分はまた別のミュージカルのリハーサルで結果を見届けることが出来ないとは思うが、なかなかおもしろい感じがしました。
一日で二カ所で録音という形で自分の音を聴いた日の最後に、早稲田から高田馬場まで歩いて帰る間に夜飯食ってなかったし腹減ってたからラーメン食おうとおもったけど、前から気になっていたエチオピアというカレー屋さんがあったので入ったら美味しかった。
時間が限られているがジャガイモはいくらでもおかわりできるらしい。
だいたいこういう仕事は行くまで、あるいは終わった後も演目がなんなのかも知らないで弾いていたりするもので(爆)、弾いた結果も観たりするチャンスを逸してしまうことが残念ながら多いなのですが、どうやら、ブレヒト作「肝っ玉おっかあとそのこどもたち」という芝居の音楽の録音でした。
てっきり池辺さんのオリジナルかと思いきや、ブレヒトときたら、ワイルという作曲家が思いうかぶけど、パウル・デッサウという人の音楽で、もちろん、オリジナル通りの編成ではなく(今回弦楽器がいなかった)、ピアノと打楽器とクラリネットとトランペットとガットギターというおもしろい編成に池辺さんが編曲したり、場所よってはデッサウのモティーフから自作された転換音楽だったりした。
最初は自分の書いたものを将来的に出版するにはどうしたらよいものかというご相談を池辺さんにしていたので、(通常こういう仕事はリハーサルがなく、当日録音するので、初見で弾ける様に書かれることが常識)録音開始10分前まで話し込んでいたらお弟子さんでアシスタントの人やマネージャーが来て「今回はピアノの音数が多いのですみません」とかいうから焦って楽器のところに行ったら結構普通より譜面が黒かった(爆)
そうか、今年最初の演奏の仕事だったのだが、作業が始まりスタジオ内で「草笛さんが、もうすぐいらっしゃいます」とかという言葉が聞こえ、もしかしてそれは、草笛光子さんのことかなと思っていた(ということは、これは歌の曲だったんだとその時に知った(爆))らやはりその通りだった。
彼女とは前世紀末に上演された東宝ミュージカルの『ローマの休日』で交流があったので、懐かしく思い、休憩中に外にでたら、なんと、別のミュージカルで共演した俳優や稽古ピアノの人にも会ったし、打楽器は自分の卒業した大学でかつてスネアドラムのレッスンを受けたこともあった先生で、ちょっとわくわくした。
残念ながらというより当然のことながら、草笛さんは僕のことを忘れてはいたが(爆)、梅田での公演の際、オーケストラピットが小さいのでキーボーディスト二人だけ舞台上手の奥の部屋でテレビモニターの指揮を観ながら弾いていたことがあり、そのときには出番が近づくと部屋にお越しになり、毎日差し入れの果物やお菓子をいただいたものだったのだ。
公演は今月の終わり頃なので、自分はまた別のミュージカルのリハーサルで結果を見届けることが出来ないとは思うが、なかなかおもしろい感じがしました。
一日で二カ所で録音という形で自分の音を聴いた日の最後に、早稲田から高田馬場まで歩いて帰る間に夜飯食ってなかったし腹減ってたからラーメン食おうとおもったけど、前から気になっていたエチオピアというカレー屋さんがあったので入ったら美味しかった。時間が限られているがジャガイモはいくらでもおかわりできるらしい。
晩餐会
2007-11-30
記事の投稿時刻からすると時間軸はかなりさかのぼりますが、去る11/7、新宿にある、ハイアット・リージェンシー東京(ついこの間まではセンチュリーハイアットだった)というホテルで企画された晩餐会に弾きに行ってきました。トランペット奏者の知り合いの大島健太郎君がこのホテルでの仕事を長年してきた関係でこのビッグプロジェクトの仕掛け人になりました。
写真には何気なくオーケストラの後ろの「垂れ幕」が映っていますが、この素材そのものも、オーケストラの響きを吸い取りすぎない素材で、とか色々この日を迎えるまでは試行錯誤や交渉が時に徹夜で行われたようです。
音楽家の言い分をホテル側が聞く耳をもったのも、その日だけ訪れる、たとえそれが有名な音楽家だったとしても果たしてそれがなりたったかと思います。
それは、ずっとホテルで働いてきた大島君であったからこそだと思うし、やはり、いろいろな仕事の現場で、その人の培ってきた信用が花を開くときというのがあるのだと友人として実に頼もしく思ったし、演奏面だけでなく、人を集めることや選曲(料理に合わせて僕にも曲の注文があった)の苦労はなかなか大変だったのだろうとおもいます。
この日のためだけに編成されたオーケストラ、指揮者は何度も共演している矢澤定明氏、メンバーの中には海外で活躍している人を含めなかなかのメンバーがあつまり、それほど大きな編成ではなかったけどすごく良いサウンドをだしていました。
演奏した曲は、メンデルスゾーンのイタリアの一楽章、そしてフィガロの序曲、ジュピターの終楽章でした。
そして僕は晩餐会のオープニングとエンディングでオーケストラが演奏する前と食事中ずっと休みなしに弾き続けていました。
お客さんが入るとき(このときだけはチェロの独奏@新日本フィルハーモニーの弘田徹氏との共演)からお帰りになるまでずっと弾いていたから二時間半から三時間は弾き続けていたことになります。
長時間弾き続けるというのは僕にとってそんなにめずらしいことではないけれども、「休みなしに」ずっと独奏し続けるというのはなかなかないので、譜面も持って行ったもの全部を弾いたわけではないけど、小さなトランク一つ分用意しました(爆)
演奏もタフだったけど譜面を持って行くのもタフな仕事でした(爆)
写真はたまたま僕が休むことができたオーケストラの演奏場面です。
このイヴェントに賭けるホテルの人たちの熱意を感じました。
オーケストラのメンバーとも実に懐かしい知り合いに会えたりして結婚式やパーティー、単なるディナーショウとはちがった、なかなか濃密な時間を過ごしました。
体育館も大事な場所
2007-10-21
たまにはこういうところでも演奏したりします。この写真はかなり昔、神奈川県の藤沢市の方にトランペットの津堅直弘さんと訪れたときのものですが、、。
僕が作曲し、去年の秋に初演を迎えた人形劇団のむすび座の“ジョディと子鹿のフラッグと”は、公演の多くがこういう場所です。
僕がたまにかかわるミュージカルの公演場所の様に毎日条件が同じというわけではなく、日替わりで場所も変わるし、天候にとても左右されます。
雨の日は打ち付ける雨音で最初から万雷の拍手状態だろうし、灼熱の時もあれば今の季節は、冷凍庫みたいな時もあるでしょう。
だから、音響も照明のこともかなり過酷(専門のスタッフがいるわけではなく、出演者達がみずから仕込んで操作している)ななか、上演しているのです。
しかしながら、観客のほとんどが子供達という状況はこちらが予想もしない反応があってあらためておもしろいものだなと感じました。
自分で弾くことのある場所というだけでなく、これからは、僕の作品がもっとも演奏される回数の多い場所にもなるということになり、前とは違う場所に思えてきました。
ハイドンのTrumpet協奏曲の1楽章を48回弾いた(爆)
2007-10-11
去る10/7は新宿の隣、新大久保にあるスペースDoというホールで、僕が20年くらいおつきあいのあるNHK交響楽団の首席トランペット奏者の津堅直弘氏が主宰する★第4回津堅トランペットコンクール(音大生のためのソロ部門予選)というのが行われた。昨年はアマチュア限定部門ということで、記事も書いたが、今回は音大生限定のもので、必ずトランペットを勉強する人が必須とされるハイドンの協奏曲の第一楽章が一次予選の課題曲だった。
自分は、公式伴奏者として、48人の出場者全員と共演したが、まさか一日で48回も弾くことになるとは(爆)
まあ普通の演奏会とは違って発表会とかこういう催しの時は一日中というのはよくあることで、時間そのものは(今回は10人でだいたい50分で、10分休んでまた次のグループという風に進んでいった)もっと長い経験があるから(爆)、耐久性には自信があったけど、同じ曲を48回というのは、まあmusicalのオーディションでかつて経験したことはあったに思うけど、そういう場合も曲の一部だったりするからちょっと比較にならない。
感想を言うと、全体的に僕が学生だったころに比べたら、みんなの水準はすごく上がっていると思うけど、今回は「こいつは根本的に違うなあ」と48回の中で「目覚めさせてくれた」人はほとんどいなかったので、ちょっと自分で回数を重ねるごとに気合いが入っていった情熱の割にはちょっと食い足りなかったなあ。
去年のアマチュアの時の方が、新鮮な驚きをもって弾けた。
専門に勉強すると言うことと、この古典を「ミスなしに」演奏するということ以上の事を表現しうる力というのは、実はとても難しいことなんだとおもいました。
ハイドンの曲に潜むハイドンのしかけた様々な面白さにみんな気づいてないと本当に思いました。
これは、その当時、半音階が演奏できない構造だった(自然倍音のみ、つまりピストンやロータリーがついてなかったから直管)トランペットが、他の楽器同様に一オクターブの12個の半音を演奏できるように、管に穴を開け、クラリネットやサックスの様にキーをつけて成立した、キートランペットのために書かれた画期的な作品であり、今じゃ当たり前の転調とかパッセージが、如何に感動的に演奏されたかということを思い出さなくてはいけないのだと思う。
おもしろいことに、主題は全部ダイアトニックで出来ている。
それが転調は属調、平行調、下属調に行くのだけど、こんなのピアノだったら誰も意外に思わないが、それをこの楽器はそれまで一本の楽器でできなかったわけで、その転調のおりに、半音で進むパッセージがあるわけで、なんとまあ、この「新しい楽器」の性能を駆使した技をこれほどまでに簡潔にしかも喜びをもった音楽を書けたのか、すべてのトランペット奏者は、この曲とフンメルの協奏曲に、もっと感謝しなければいけないのだ。
それ以降、この「息漏れ」の構造より、効率の良いピストンとかロータリーを備えた現在の楽器ができあがって、キートランペットは廃れたのだけど、トランペットの音楽の歴史の分岐点になっているこの曲は、一日で48回弾いてもちっとも飽きなかった。
もっとみずみずしい若い演奏でもっとおもしろく弾きたかったとは思う(爆)
みんな本当に上手だったから、不快な感じは一切なかったんだけどね。
やるべき事をやったから点数を稼げるとは思わないで欲しい。
***
写真と本文は関連性がありません。
以前ヒョウタンツギに見えるやつを写したけどそれの親戚かな。
ハンナのかばん
2007-10-01
去る9/22はシエナ・ウィンドオーケストラの旅の間の唯一のお休みの日であったが、その日は渋谷で劇の音楽の録音だった。録音といっても今現在自分の書いているものではなく、上田亨さんという作曲家のものだった。
新鮮だったのが、通常よく使うスタジオではなく、渋谷に新しくオープンしたミディアルタという会社のスタジオに初めて行った。
新しいというだけではなく、最新のセキュリティーシステムが全館に渡って施されており、エレベーターでおのおのの階に入るにはその階専用のIDカードがないと入れなかった。
つまりトイレに行くにもカードがないとオートロックで閉め出されてしまうということだ。
写真は6階にあるスタジオ。
なんと調整室はこのフロアではなく、4階にある。
到着したころはまだ日があったので眺めがよかった。すぐ近所がNHKの建物があるところだ。
そしてこの部屋自体にかなり残響があって、ヘッドフォンを通さなくても十分気持ちよく弾ける。
ピアノはたしかYAMAHAのS6だったかな。
なかなか良かった。
今回の編成はピアノとヴァイオリンだけという珍しいものだった。
でも音符は編成が小さいだけに(爆)、なかなかこの手の仕事(詳しくない方に説明すると、こういう録音は当日スタジオに行って初めて譜面を渡されて一回リハーサルをしたらすぐに録音が開始されるから極度に複雑な譜面ではないことが多い)からすると、音符の数が結構多かった。
だから、一枚目の写真でわかるとおり一応ヴァイオリンとピアノの間に「しきり」があるのだ。
眺望やセキュリティ、響きなんかに驚いている場合ではありませんでした。三枚目の写真(おのおの突っつけばでかくなる)にあるとおり、他のフロアにある調整室の様子がなんとプロジェクタで壁に照射されているのには一同びっくり。
作曲家を含めみんな携帯で写真を撮りまくっていたし(爆)
そうなんです、まだオープンして間もないらしく、録音としては二度目の使用だったらしいです。
内容は「ハンナのかばん」というアウシュビッツに関係したストーリーのお芝居だそうです。
演じるのは大阪の劇団で、「劇団コーロ」と言うそうです。
もうこの記事が投稿されたときは初演は終わっているけれどもまた再演の機会があって、予算的に少し余裕があるときは生演奏でもやりたいと言われ、それはまた楽しそうだなと思いました。
そうなんですよ。
こういう仕事ってだいたい録音に参加するけど、その「結果」ってほとんど観たことがない(爆)からたまには観てみたいとも思います。
MFYハーモニーハウス@軽井沢
2007-08-03
施食会で弾かせてもらいました
2007-07-23
今日はいつもなにかとお世話になり練習やLesson、習いに来ている人たちの発表会をする東京八王子の曹洞宗、両輪山龍谷寺の施食会(せじきえ)、でも施食会と書いて「おせがき」とふりがなが振ってあるのだけど、それは「お施餓鬼」のことであり、その意味は検索エンジンで調べてもらえばわかりますが、その行事の前に檀家さんたちの前で初めてピアノを弾く事になりました。
檀家さんたちにお会いするのも楽しみですが、龍谷寺の方丈さん(和尚さんのことをこう呼ばれます)をはじめ、たくさんの方丈さんたちが集ってお経を読まれるのが壮観だと伺っているので楽しみです。
檀家さんたちにお会いするのも楽しみですが、龍谷寺の方丈さん(和尚さんのことをこう呼ばれます)をはじめ、たくさんの方丈さんたちが集ってお経を読まれるのが壮観だと伺っているので楽しみです。
京都芸術センターでおもちゃのピアノを弾いた
2007-05-21
昨日は名古屋のミュージカルの本番の後、ほとんど弾き逃げ状態で(爆)劇場を後にして新幹線に乗り、京都の四条烏丸にある、京都芸術センターという元は古い小学校だった場所の講堂で、京都市交響楽団の6月に行われるチャップリンのモダンタイムスのライブシネマのプレトークイヴェントで、チャップリンの音楽と映画のことについて、指揮者と評論家の人たちと弾いたりしゃべったりしてきました。連休あけから大阪、名古屋と、客席から見えないところで弾いているので、満員のお客さんの前の「見えるところ」で弾くのは久しぶりだったので(爆)、楽しかった。
しかも、ピアノだけではなく、チェレスタや自分が持ち込んだおもちゃのピアノを駆使して、(最後は、三台をそれぞれ両手で別々に弾きながら乗り換えながら弾いた)演奏したが、戦前の古い建物はあちこち魅力的なものでした。
写真を写すのを忘れたけど、講堂の横に、戦前(絶対に)のペトロフというチェコのピアノがあった。
ペトロフとは何回か遭遇はあるけど、みんなピンとこなかったのだけど、これはすごい楽器で、いっぺんで好きになった。
本番はその楽器では弾かせてもらわなかったけど、それが残念だった。
実はペトロフってすごい楽器だったんだと思うことができたのが、仕事の内容とは別に印象に残りました。
さあ、今日の昼公演のために名古屋にもどろう。
鮨屋でも弾いた
2007-05-08
“偉そうじゃないな”と始めたら、昨日の投稿にあえて関連づけた内容に見えるでしょう(爆)。このあり得ない状況は流しに見えるけど流しではない。
今はお店がなくなってしまったけど、国分寺の本当においしかったお鮨屋さんで、長年コンビを務めさせてもらっている津堅さんと酔っぱらいながら、しかしながら本気で騒いでいるのだ。
しかもカウンターの一番僕のそばで聴いているこの御仁は日本でも数本の指にはいる放射線医で、現在は、ブラックジャックのライバルとしてピンクジャックと名乗っている極めて怪しいおじさんでこの日、初めて知り合ったのも、この通りがかって音がするので店を覗いているおじさん、当時某有名医科大学の学長さんに強制的に呼び出されて来たのだ。
自分以外は「偉い人」ばかりなのに、ちっとも偉くみえないのがおもしろかった。
しかも自分が座っているのはまさに車寅次郎を象徴するようなトランクだし。
もっと気取ったレストランで弾くことも多いけど、聴いている人とこれほど一体感になった場所は記憶にない。
というより、この後カウンターで飲みまくったから記憶「が」ない。
そう、音楽は国境を超えるとか言うけど、酔っぱらった男は音楽以上にすぐに打ち解けるものなのだ。


★10月に幕を開ける

