救世主、出でよ!(再加筆版)
2007-07-26
アジアカップ、日本はサウジアラビアの前に準決勝で散りました。
一個前のサウジアラビアがウズベキスタンを下したゲームを観ていて、攻め方がとても自分の好みだったので恐れていたが、不安は的中した。
ムード的には勝てない相手だとはおもえなかったけど、技術論をどうこう素人が言う前に、僕は子供の頃パスを回してやるサッカーには興味がなかったことを思い出した。
自分のアイドルは、1970年のワールドカップの優勝したブラジルの背番号7番、ジャイルジーニョだった。
そして11番、リベリーノだった。
今とサッカーのスタイルが違うからあんなに自由にドリブルさせてはもらえないとはおもうものの、彼ら二人は局面をドリブルで打開する名手だったし、自分もそれをまねてガキのサッカーではとにかく一対一の勝負を挑んでいた。
でも当時だって、ちょっとドリブルをやって「失敗」すると、「持ちすぎだよ!」と怒られた。
良いパスを出す人はたくさんそろっているのに、パスを受けて最前線で後ろ向きになってためをつくるだけではなく、ゴールを向いてむりやりこじ開けたり、遠いところからばんばん撃つことはなんか日本の常識だと個人プレイに走るから好まれないのかな。
もともと走るのが遅いからパスの方が日本人に合っているのかな。
でもあの芝の長いピッチで、「いつものように」長いパスを出して、途中で減速して相手にとられている場面が何度もあって、「この競技場で何試合もしていてなれているはず」という「地の利」があったとは思えなかったのはなぜだろう。
完全に芝の特性を忘れていていつもの癖にもどっているように見えた。
今日の試合を観ていて、決定的に違うのは、相手が何を一番恐れるかということに尽きた。
たしかにスコア的には五分五分だったけど、日本の点は相手を鮮やかにパスで崩して入れたものというよりは、中澤選手と阿部選手の、なんとすばらしい「気合い」なんだ、と侍の魂みたいな「個人技」で得点したのだと思う。
で、相手の何が怖かったかというと、もちろん数人でコンビを組んでパスを鮮やかに通されて局面が変わることはあるんだけど、そうじゃなくて、ボールを持ったやつが「勝負」をかけてくることで、「ドリブルで抜かれて結局シュートされてそのままゴールネットを揺らされた」みたいなのが二点くらいあったように思いましたが、そういう圧力が怖いよな。
つまり、サッカーとかの枠を超えて、「勝負」に出てくる気概の問題で日本は負けていた気がする。
やっぱりサッカーはボールを蹴るスポーツではなく、ボールを足で運ぶスポーツなんだよ。
Footballであって、Kickballじゃないもの。
でも古い日本語は「蹴球」だもんな。
これをサッカーの戦術の違いとかスタイルの違いとか言い合い出すと、すぐ守備の時のマークの確認の甘さとか、攻めるときの決定力不足とか簡単に言葉にして納得されるけど、組織プレーも大事だけど、ぎりぎりのところになったら、勝負にでる個々の迫力というか意志が決めるんだと思った。
だから、サウジアラビアは常に前にボールを送っていたのにいつものごとく、日本はドリブルで挑まないから、相手には「パスのコースさえ気をつければドリブルはしてこないから心配ない」ということになって一対一の「脅威」にはならなかったように見受けられました。
たとえものすごいスピードと精度のパスで崩していくサッカーがもっと上手くなったとしても、ボールを持ったときに、相手が「パスされるのかドリブルで抜かれるのか」という可能性が二択で悩む方が威力が増すのになあ。
攻撃がシュートで終われないのが実にいらいらしたです。
パスが最終目的のシュートに向けて行われるのか、自分で攻めきれないので「責任転嫁」で渡しているのか、素人目にはどうも後者に映ることが多いのはどうぞ誤解であってほしい。
だから、日本の二点はやられた直後に返したことやその成立の仕方そのものが感動的だったと思うけど、あれはまさしく相手のゴールと同じで、一次予選の時の印象的なゴールにあったような組織力ではなく、個人の迫力が勝負に勝った数少ない例だったと思う。
だから中澤選手のゴール後の顔に、阿部選手の手を痛めながらのあの顔に、僕はぐっときたんだ。
そのほかのチャンスには、自分が今作曲している作品の歌詞の中に「撃て、撃て、早く撃たんか!」というのがあって(爆)、まさにそれを連呼して机をたたいた場面の如何に多かったことか。
決まらなくて残念だったけど途中交代の羽生選手が惜しくもゴールポストに当てた「積極的」なミドルシュートが好きだった。
延長まで持ち込めばキーパーの川口選手にまた神が降りてきて、消耗戦になったらきっと日本はなんとかなったようにも思うけど、それは結果論だから言ってもしょうがない。
相手のシュートミスは自分が味方だったとしても「残念でした〜」って言う種のものだと思うのだけど、「ペナルティーエリアのすぐ外で体は前を向いているのにシュートまで行かない間に相手に渡ってしまう」場面を何度も見せつけられると、失敗してもいいのになんで撃たないでほかの人に渡そうとするの?って性格的にFW指向な人間からするととても欲求不満になった。
素人の視点にすぎないから、実は、打たなかったのではなく、シュートのコースをつぶされていて打たせてもらえなかったとするならば、やっぱり相手が何枚も上手だったということだろう。
つまり残念ながら勝負にならなかったということだ。
スコアそのものの拮抗した雰囲気ではなく、攻める姿勢というか組織以前の個人のぶつかり合いに於いて相手の意欲が勝っていたのでドーハの時みたいにこの結果に泣けなかった。
ドイツの時も、オーストラリアをなめてこてんぱんにやられたように、この高温多湿の条件では砂漠の国よりは日本が有利と思うのは甘かったね。
事実、トルシエの時に優勝したときは砂漠の国で日本が勝ったんだけど、きっと向こうの直前報道は、「気候的にこっちが有利」と思っていたんだとおもう。
勝負は気持ちが大事なんだな。
しかしウズベキスタンとの試合でもサウジアラビアは三回くらいゴールポストに救われていたから今回は運も味方している感じがするから、決勝はたぶんサウジアラビアが勝つような気がします。
こうなったら三位決定戦、絶対韓国には負けてほしくないなあ。
「俺に渡せ!」「俺がこいつを抜いて一人で決めてやる」みたいなFWが出てきてほしいな。
個人的には、ドリブルできる鹿島の本山選手や浦和の田中達也選手が好きなんだけどな。
この間マンチェスター・ユナイテッドのC.ロナウドのプレーをニュースで観ていたけど、本当に早い動きで相手を抜き去る。
よだれがでるぜ。
相手を抜き去る選手よ出てきてください。
そしてボールの動きがアンダンテではなくアレグロのサッカーができるようになりますように。
テンポがいつものろ〜いままだから野球のセットポジションに見えるんだよね、いつも。
相手のテンポをずらすというか、考える前に状況を変えてしまうリズム感がほしいなあ。
でも中澤選手、阿部選手のあの顔は、本気で勝負している男の顔が演技じゃなくて存在感をもって伝わってきたから実に頼もしいと思った。
敗戦は残念だし負け方が実に気に入らないけど、確実にこの負けは糧になると思った。
だから泣けなかったのかな。
PK戦で負けるよりよっぽど良いよ。あれは負けても勝っても割り切れないからね。
一個前のサウジアラビアがウズベキスタンを下したゲームを観ていて、攻め方がとても自分の好みだったので恐れていたが、不安は的中した。
ムード的には勝てない相手だとはおもえなかったけど、技術論をどうこう素人が言う前に、僕は子供の頃パスを回してやるサッカーには興味がなかったことを思い出した。
自分のアイドルは、1970年のワールドカップの優勝したブラジルの背番号7番、ジャイルジーニョだった。
そして11番、リベリーノだった。
今とサッカーのスタイルが違うからあんなに自由にドリブルさせてはもらえないとはおもうものの、彼ら二人は局面をドリブルで打開する名手だったし、自分もそれをまねてガキのサッカーではとにかく一対一の勝負を挑んでいた。
でも当時だって、ちょっとドリブルをやって「失敗」すると、「持ちすぎだよ!」と怒られた。
良いパスを出す人はたくさんそろっているのに、パスを受けて最前線で後ろ向きになってためをつくるだけではなく、ゴールを向いてむりやりこじ開けたり、遠いところからばんばん撃つことはなんか日本の常識だと個人プレイに走るから好まれないのかな。
もともと走るのが遅いからパスの方が日本人に合っているのかな。
でもあの芝の長いピッチで、「いつものように」長いパスを出して、途中で減速して相手にとられている場面が何度もあって、「この競技場で何試合もしていてなれているはず」という「地の利」があったとは思えなかったのはなぜだろう。
完全に芝の特性を忘れていていつもの癖にもどっているように見えた。
今日の試合を観ていて、決定的に違うのは、相手が何を一番恐れるかということに尽きた。
たしかにスコア的には五分五分だったけど、日本の点は相手を鮮やかにパスで崩して入れたものというよりは、中澤選手と阿部選手の、なんとすばらしい「気合い」なんだ、と侍の魂みたいな「個人技」で得点したのだと思う。
で、相手の何が怖かったかというと、もちろん数人でコンビを組んでパスを鮮やかに通されて局面が変わることはあるんだけど、そうじゃなくて、ボールを持ったやつが「勝負」をかけてくることで、「ドリブルで抜かれて結局シュートされてそのままゴールネットを揺らされた」みたいなのが二点くらいあったように思いましたが、そういう圧力が怖いよな。
つまり、サッカーとかの枠を超えて、「勝負」に出てくる気概の問題で日本は負けていた気がする。
やっぱりサッカーはボールを蹴るスポーツではなく、ボールを足で運ぶスポーツなんだよ。
Footballであって、Kickballじゃないもの。
でも古い日本語は「蹴球」だもんな。
これをサッカーの戦術の違いとかスタイルの違いとか言い合い出すと、すぐ守備の時のマークの確認の甘さとか、攻めるときの決定力不足とか簡単に言葉にして納得されるけど、組織プレーも大事だけど、ぎりぎりのところになったら、勝負にでる個々の迫力というか意志が決めるんだと思った。
だから、サウジアラビアは常に前にボールを送っていたのにいつものごとく、日本はドリブルで挑まないから、相手には「パスのコースさえ気をつければドリブルはしてこないから心配ない」ということになって一対一の「脅威」にはならなかったように見受けられました。
たとえものすごいスピードと精度のパスで崩していくサッカーがもっと上手くなったとしても、ボールを持ったときに、相手が「パスされるのかドリブルで抜かれるのか」という可能性が二択で悩む方が威力が増すのになあ。
攻撃がシュートで終われないのが実にいらいらしたです。
パスが最終目的のシュートに向けて行われるのか、自分で攻めきれないので「責任転嫁」で渡しているのか、素人目にはどうも後者に映ることが多いのはどうぞ誤解であってほしい。
だから、日本の二点はやられた直後に返したことやその成立の仕方そのものが感動的だったと思うけど、あれはまさしく相手のゴールと同じで、一次予選の時の印象的なゴールにあったような組織力ではなく、個人の迫力が勝負に勝った数少ない例だったと思う。
だから中澤選手のゴール後の顔に、阿部選手の手を痛めながらのあの顔に、僕はぐっときたんだ。
そのほかのチャンスには、自分が今作曲している作品の歌詞の中に「撃て、撃て、早く撃たんか!」というのがあって(爆)、まさにそれを連呼して机をたたいた場面の如何に多かったことか。
決まらなくて残念だったけど途中交代の羽生選手が惜しくもゴールポストに当てた「積極的」なミドルシュートが好きだった。
延長まで持ち込めばキーパーの川口選手にまた神が降りてきて、消耗戦になったらきっと日本はなんとかなったようにも思うけど、それは結果論だから言ってもしょうがない。
相手のシュートミスは自分が味方だったとしても「残念でした〜」って言う種のものだと思うのだけど、「ペナルティーエリアのすぐ外で体は前を向いているのにシュートまで行かない間に相手に渡ってしまう」場面を何度も見せつけられると、失敗してもいいのになんで撃たないでほかの人に渡そうとするの?って性格的にFW指向な人間からするととても欲求不満になった。
素人の視点にすぎないから、実は、打たなかったのではなく、シュートのコースをつぶされていて打たせてもらえなかったとするならば、やっぱり相手が何枚も上手だったということだろう。
つまり残念ながら勝負にならなかったということだ。
スコアそのものの拮抗した雰囲気ではなく、攻める姿勢というか組織以前の個人のぶつかり合いに於いて相手の意欲が勝っていたのでドーハの時みたいにこの結果に泣けなかった。
ドイツの時も、オーストラリアをなめてこてんぱんにやられたように、この高温多湿の条件では砂漠の国よりは日本が有利と思うのは甘かったね。
事実、トルシエの時に優勝したときは砂漠の国で日本が勝ったんだけど、きっと向こうの直前報道は、「気候的にこっちが有利」と思っていたんだとおもう。
勝負は気持ちが大事なんだな。
しかしウズベキスタンとの試合でもサウジアラビアは三回くらいゴールポストに救われていたから今回は運も味方している感じがするから、決勝はたぶんサウジアラビアが勝つような気がします。
こうなったら三位決定戦、絶対韓国には負けてほしくないなあ。
「俺に渡せ!」「俺がこいつを抜いて一人で決めてやる」みたいなFWが出てきてほしいな。
個人的には、ドリブルできる鹿島の本山選手や浦和の田中達也選手が好きなんだけどな。
この間マンチェスター・ユナイテッドのC.ロナウドのプレーをニュースで観ていたけど、本当に早い動きで相手を抜き去る。
よだれがでるぜ。
相手を抜き去る選手よ出てきてください。
そしてボールの動きがアンダンテではなくアレグロのサッカーができるようになりますように。
テンポがいつものろ〜いままだから野球のセットポジションに見えるんだよね、いつも。
相手のテンポをずらすというか、考える前に状況を変えてしまうリズム感がほしいなあ。
でも中澤選手、阿部選手のあの顔は、本気で勝負している男の顔が演技じゃなくて存在感をもって伝わってきたから実に頼もしいと思った。
敗戦は残念だし負け方が実に気に入らないけど、確実にこの負けは糧になると思った。
だから泣けなかったのかな。
PK戦で負けるよりよっぽど良いよ。あれは負けても勝っても割り切れないからね。
やっぱりイタリアを祝福出来ない
2006-07-11
最初の投稿から何度も書き直してしまった(爆)1970年にペレのブラジルが優勝したのを観て好きになったサッカーだから、そのときの決勝の相手がイタリアだったせいもあって、やっぱりイタリアは自分の中ではブラジルに敗れ去るべき敵役(かたきやく)なのだ。
しかしながら、今まで自分が観てきたイタリアはブラジルを破って優勝したときも決勝でブラジルに敗れ去ったときも、ドイツやアルゼンチンやフランスとならんで、強豪国にふさわしい強さと力を持ち合わせた、個人的にはサッカーのスタイルを好きになれなくてもワールドカップには欠かせない主役級の存在だと思ってきた。
しかし、昨日も書いたがジダンの花道を結果的にはジダン自身が汚してしまったが、物事には原因というものがあるだろう。
ハーフタイム中に投票でMVPがジダンに決まっていたようで、大変皮肉な事になったが、あの試合は完全に「マテラッティの独り舞台」になったということだね。
PKを与えたのも、そして同点のヘディングも、そしてPKを決められたジダンに対して、我を忘れさせるほど自尊心を傷つける言葉を投げたのも。
スポーツマン精神は死に絶えたとは断じたくはないが、自分が観てきたワールドカップのなかで、歴史的な疑惑のプレイはいくつか想い出があるが、マラドーナの「神の手ゴール」にしてもその後、5人抜きという「正当な結果」を出して、その疑惑の罪が相殺されたとは完全には思わないけど今回のようないいようのない後味の悪さはなかった。
なぜなら、それはボールの周りでプレイ中に起きたことだからだ。
他のイタリアの選手のすべてがあの糞野郎と同じ感情をジダンに持っていたとは決して思いたくないが、これで優勝してイタリアの八百長疑惑が恩赦になって我が世の春になったとしたら、実に不愉快だけど、勝てば官軍なのだ。
しかもあの頭突きを一番審判にアピールしたのが、今話題の「ユヴェントス」のブフォンだったのがある意味皮肉。
しかもジダンとユヴェントスも切っても切れない間柄があるし、PKをはずしたのもユヴェントスにいるトレゼゲだったのが実に不思議な役回りだね。
たしかに国内リーグで八百長をしたとしても、ナショナルチームとして「真剣勝負」の中、ここまでは実力で勝ち上がったことは賞賛すべき。
やっぱりイタリアは悔しいけど強かったよ。
しかし、彼の信じている道徳や宗教があのような挑発を許し、カップを手にして感涙にむせぶというのが「正義」なのなら、俺はこのチーム全体に呪いの言葉を浴びせてやる。
みてろアズーリ、レ・ブルーは次回は黙っちゃいない。
準決勝の後のジダンとフィーゴの抱擁が美しかった。
昨日も書いたがそれは三位決定戦でも勝者と敗者が健闘をたたえ合う姿があった。
これがスポーツであり、恥ずかしげもなく言えば愛のはずだ。
相撲で言う横綱の品格は今回のイタリアには感じられない。
僕の嫌いな最近売り出し中の若造のボクサーのはしゃぎようとなんら変わることがない。
かつて黄金のカルテットを擁したブラジルがロッシ1人にやられたあと、ジーコは競技場を離れるとき、なんとイタリアのバスに乗り込んで、「君たちはすばらしい、是非優勝してくれ」とアズーリに声をかけたのだ。
勝った方が負けた方をねぎらうことは自然に出来てもこんなことをできたジーコの品はもう幻なのか、或いはイタリア人にはそういう「品」とか「情」はないのか。
こんなに終わった後余韻を楽しみたくなくなった決勝は記憶にない。
(リアルタイムではみてなかったけど66年のイングランドの優勝は、そのうちの一点が本当に入っていたかどうか未だにドイツ人達は誤審だと思っているから、快く受け入れられない決勝の筆頭かもしれないが、プレーの誤審と今回のような退場ではちょっとニュアンスが違うと思う)
試合内容はあの時まではすばらしかっただけに残念でしかたがない。
94年はブラジルを応援していたが、PKに失敗して立ちつくしていたバッジオはなんと気の毒で美しいのだろうと思えたけど、今回はそういうドラマは感じるまえにジダンの退場で僕の中では試合が汚れていた。
ずっとサッカーを愛してきたのにマテラッティのおかげで信じていたものを壊された。
たしかに挑発に乗ったジダンはかれの地位を考えると大人げないと簡単には言えるだろうが、それだけの相手に罠をかけたマテラッティこそが本当に酷いのだと思う。
どっちかが接触プレイで直接に怒ってもみ合いというのではなく、その後に汚い言葉を投げた事による行為なら、サッカーに関係ないじゃないかまったく。
八百長行為より人間として許せない。
判定は頭突きの事実のみを認定し、(しかもリアルタイムではなく抗議の「後」に過去に遡って判定するなら吐かれた暴言はどうなんだ)暴言の事実は問われないのは、本当に気の毒。
どうせなら暴言を吐いた奴も退場にすべきだった。
だから審判もどうよって気になるなあ。
しかし観ていて不愉快で呆れる退場が多すぎたよ、今回は。
プレイが激しくなってくるのはしょうがないがどんどん下品になっているなあ最近のサッカー。
両足に大怪我をして不本意にベンチに下がって、ルーニーの退場にうつむいて涙したベッカムの表情が今回の象徴だと思うな。
2002年の時はドイツ相手に最後まであきらめなかったアイルランドに新鮮なスピリットを感じ、感動したのだけど、今回は一点も取られないで名誉の敗退をしたスイス、そして日本がやられて悔しかったけど、のびのび自分たちのサッカーをしたオーストラリアに賞賛のスタンディング・オベイションをしたいと思う。
もちろん、ドイツもスペインもポルトガルもアルゼンチンも感動したけど、ブラジルは日本戦だけすばらしかったね(爆)
やっぱり94年の時も思ったけど、決勝戦だけは再試合は現実的でないから、勝負が付くまで再延長をしてほしいものです。
その場合は交代枠を増やすとか特別ルールを作ったりして。
蹴る奴の失敗で勝負が決まるってあまりに無情。
94年のブラジルとイタリアの試合は暑さのためか史上稀にみる凡試合だったとおもうが、今回は技術的に水準が高い内容だっただけにそう思ってしまう。
やっぱりワールドカップの醍醐味は準々決勝と準決勝に歴史に残る名勝負があるとは思うのだけど、本当に今回は決勝にありがち(準決勝で力を使い果たしたチームが必ずいる)なワンサイドゲームではなく、力相撲だったので楽しんでいたのに。
ジダンは今後少年サッカーの普及につくすというけど、子供にあの退場については答えようがないよね。
やっぱり「自尊心を傷つけられたら男としては許してはいけない」と言うのかなあ。
でもあのヘディングが決まっていれば頭突きを我慢できたのかなあ。
やりきれない。
ああ、王様ペレが70年に優勝したときにスタジアムから人がなだれ込んできて(72年のミュンヘンオリンピックでテロがあって以来そういうことが出来なくなったけど)彼を担ぎ上げみんなで祝福をしたのが目に焼き付いて離れないし、74年に決勝でドイツに敗れはしたけど、オランダのクライフがその大会の台風の目になって、ちょうど今回のジダンのようになっていたけど、こんな幕引きじゃなかった。
かえってその後のサッカーの歴史を変えてしまった英雄になり、優勝したドイツのベッケンバウアーや爆撃機ゲルト・ミューラーよりもその大会の最も想い出に残る選手になって世界中から賞賛されたと思う。
ちょうどそのころジーザス・クライスト・スーパースターというミュージカルの題名の頭文字にちなんで、ヨハン・クライフ・スーパースターというキャッチコピーのように。
実に後味の悪い試合だ
2006-07-10
やっぱりイタリアが優勝した。
でも実に後味が悪い。
ジダンの最後の花道になるはずだった。
あのジダンでさえ、感情を抑えられなかったのか。
あれほどの行為におよんだのは、何を言われたかわからないが、今現在の彼の気持ちを思うと、なんかやりきれない。
やっぱり「サッカーは野蛮人の紳士的スポーツ」という言い方がラグビーの「紳士のやる野蛮なスポーツ」というのに比較されて言われることがそのままかなとも思った。
1970年からワールドカップに感動し、観てきたけど、ジダンの退場までは実に拮抗した好ゲームだったのに、あの瞬間からもう醒めちゃった。
格闘技も試合が終わったら勝者が敗者を讃えたりする。
よっぽど、三位決定戦の方が終わった後、品があった。
なぜフランスのメダル授与の時にジダンを呼ばない。
嫌がっても引きずり出して欲しかった。
なぜ、トッティは国旗をほおかむりしてベッケンバウワーの前に立つ。
セレモニーの後にしてくれよ。
試合の後のはしゃぎに礼節が感じられないなあ。
リッピはいきなり煙草くわえてピッチにいたし、、、。
勝てば官軍。
ジダンがこんな形で現役を終えるのは実に残念。
ゲーム終盤のジダンのヘディングとそれを防いだブフォンのジャンプがすばらしかった。
圧倒的に攻め続けて決まらないと、それをしのいだ方が一瞬の隙に勝つっていうのが多いね。
オフサイドになったけど、イタリアのフリーキックはシュートした奴はオフサイドじゃなかった(隣の奴が前に出ていて直接シュートには関係なかったように見えた)から、あれで試合が決まった方がよかったなあ。
やっぱりPK戦って嫌い。
でも実に後味が悪い。
ジダンの最後の花道になるはずだった。
あのジダンでさえ、感情を抑えられなかったのか。
あれほどの行為におよんだのは、何を言われたかわからないが、今現在の彼の気持ちを思うと、なんかやりきれない。
やっぱり「サッカーは野蛮人の紳士的スポーツ」という言い方がラグビーの「紳士のやる野蛮なスポーツ」というのに比較されて言われることがそのままかなとも思った。
1970年からワールドカップに感動し、観てきたけど、ジダンの退場までは実に拮抗した好ゲームだったのに、あの瞬間からもう醒めちゃった。
格闘技も試合が終わったら勝者が敗者を讃えたりする。
よっぽど、三位決定戦の方が終わった後、品があった。
なぜフランスのメダル授与の時にジダンを呼ばない。
嫌がっても引きずり出して欲しかった。
なぜ、トッティは国旗をほおかむりしてベッケンバウワーの前に立つ。
セレモニーの後にしてくれよ。
試合の後のはしゃぎに礼節が感じられないなあ。
リッピはいきなり煙草くわえてピッチにいたし、、、。
勝てば官軍。
ジダンがこんな形で現役を終えるのは実に残念。
ゲーム終盤のジダンのヘディングとそれを防いだブフォンのジャンプがすばらしかった。
圧倒的に攻め続けて決まらないと、それをしのいだ方が一瞬の隙に勝つっていうのが多いね。
オフサイドになったけど、イタリアのフリーキックはシュートした奴はオフサイドじゃなかった(隣の奴が前に出ていて直接シュートには関係なかったように見えた)から、あれで試合が決まった方がよかったなあ。
やっぱりPK戦って嫌い。
これが愛の表現なのか
2006-07-05
王者(だった)ブラジルがあっけなく負けた。
拮抗した試合で打ち合いの末負けたのなら、たぶん印象が違っただろうけどスコアの差より内容がフランスに完敗だったせいか、代表選手が帰国したときには、罵声が浴びせられたという。
反面、あれほど力負けしたにもかかわらず、現地や空港でのサポーターは98年の時よりは友好的でかつての城選手の様なことは柳沢選手には起きなかった(報道を見る限りでは)。
タイトルの本題に入ろう。
ほとんどがクリスチャンであろうブラジルの国民は、サッカーが単なるスポーツではなく自分たちのアイデンティティであるからして、ああいう負け方をするとただじゃおかないので、今回の行動はサッカーファンからすると起こるべくして起こっているので別に驚くことではない。
しかし今回はちょっと見方を変えてみた。
自分はキリスト教の信者たるもの、あんな罵声を浴びせて良いのかって思ってしまうが、はて、もしかしたら、もともと産まれたときからキリスト教が生活の中に自然に存在する風土にとっては、自分の意志で教義に共鳴し、入信するという、たとえば日本のように「信者」という感覚はないのかなとも思ったりする。
そうじゃないと、イタリアでの八百長事件や前にも書いたけどサッカーの試合中でのずるがしこさは僕のイメージするキリスト教徒にはあるべからざる行動様式だからだ。
それに比較して、日本のファンは我慢強い。
たしかにネットを見れば様々な糾弾がされているが、空港ではお疲れ様ムードだったように、代表の無惨な敗戦に対してはブラジル国民のような直接的な怒りの表現は見あたらない。
さて、どっちが本当の愛なのか、。
頑張ったことを評価し、次回に期待し、我慢強く愛を持って応援するのが愛なのか。
それとも、お前達のせいで俺たちの生き甲斐がぶちこわされたといわんばかりに、カフーに「この年寄り野郎が!」みたいなことを言うことにより、セレソン(代表選手)になって国を背負って戦うことの責任感を実感させることが愛なのか。
僕のキリスト教感は憧れをもってその特に道徳観の部分には尊敬の念を禁じ得ないが、現実はどうも机上の空論みたいに見えることだらけで、「それがキリスト教徒のすることか」って思うことばかり見えてしまうのは僕の見方が表面的すぎるのだろうか。
汚い言葉で罵倒することのなかに愛情が隠されているのかも知れないが、でも、あの国民の表現の仕方は僕にはやっぱり生理的に合わないのだけど、その習慣の上に世界一のサッカー(今回は負けたけどやっぱりすべての国はブラジルのサッカーには特別な尊敬を持っていることはまちがいないだろうし)が存在するわけだ。
愛の表現は様々だろうとは思う。
それが宗教的な考えに基づいているものか本能的なものなのか、良く分からないがこの二つの国の選手ではなくサポーターのやりかたのコントラストがとても僕には気になるのだ。
良いとか悪いとかじゃないのだろう。
でも僕は試合中は、自分の気持ちを叫んだりするが、それを直接相手に罵るということは出来ないよ。
それは権利なのか愛なのか、、考えれば考えるほど良く分からん。
拮抗した試合で打ち合いの末負けたのなら、たぶん印象が違っただろうけどスコアの差より内容がフランスに完敗だったせいか、代表選手が帰国したときには、罵声が浴びせられたという。
反面、あれほど力負けしたにもかかわらず、現地や空港でのサポーターは98年の時よりは友好的でかつての城選手の様なことは柳沢選手には起きなかった(報道を見る限りでは)。
タイトルの本題に入ろう。
ほとんどがクリスチャンであろうブラジルの国民は、サッカーが単なるスポーツではなく自分たちのアイデンティティであるからして、ああいう負け方をするとただじゃおかないので、今回の行動はサッカーファンからすると起こるべくして起こっているので別に驚くことではない。
しかし今回はちょっと見方を変えてみた。
自分はキリスト教の信者たるもの、あんな罵声を浴びせて良いのかって思ってしまうが、はて、もしかしたら、もともと産まれたときからキリスト教が生活の中に自然に存在する風土にとっては、自分の意志で教義に共鳴し、入信するという、たとえば日本のように「信者」という感覚はないのかなとも思ったりする。
そうじゃないと、イタリアでの八百長事件や前にも書いたけどサッカーの試合中でのずるがしこさは僕のイメージするキリスト教徒にはあるべからざる行動様式だからだ。
それに比較して、日本のファンは我慢強い。
たしかにネットを見れば様々な糾弾がされているが、空港ではお疲れ様ムードだったように、代表の無惨な敗戦に対してはブラジル国民のような直接的な怒りの表現は見あたらない。
さて、どっちが本当の愛なのか、。
頑張ったことを評価し、次回に期待し、我慢強く愛を持って応援するのが愛なのか。
それとも、お前達のせいで俺たちの生き甲斐がぶちこわされたといわんばかりに、カフーに「この年寄り野郎が!」みたいなことを言うことにより、セレソン(代表選手)になって国を背負って戦うことの責任感を実感させることが愛なのか。
僕のキリスト教感は憧れをもってその特に道徳観の部分には尊敬の念を禁じ得ないが、現実はどうも机上の空論みたいに見えることだらけで、「それがキリスト教徒のすることか」って思うことばかり見えてしまうのは僕の見方が表面的すぎるのだろうか。
汚い言葉で罵倒することのなかに愛情が隠されているのかも知れないが、でも、あの国民の表現の仕方は僕にはやっぱり生理的に合わないのだけど、その習慣の上に世界一のサッカー(今回は負けたけどやっぱりすべての国はブラジルのサッカーには特別な尊敬を持っていることはまちがいないだろうし)が存在するわけだ。
愛の表現は様々だろうとは思う。
それが宗教的な考えに基づいているものか本能的なものなのか、良く分からないがこの二つの国の選手ではなくサポーターのやりかたのコントラストがとても僕には気になるのだ。
良いとか悪いとかじゃないのだろう。
でも僕は試合中は、自分の気持ちを叫んだりするが、それを直接相手に罵るということは出来ないよ。
それは権利なのか愛なのか、、考えれば考えるほど良く分からん。
横綱にあしらわれたね
2006-06-23
今日の早朝、日本代表はブラジルにこてんぱんにやられました。写真とカテゴリーはあまりこの記事内容には関係ないかも知れないが、まあロナウドに前半ロスタイムにヘッドで決められたときの気持ちです(爆)
この結果はいろんな見方があるだろうけど、ある意味惜敗や引き分けより僕は気持ちよかった。
僕があこがれたブラジルのサッカーを見せてもらえたからだ。
思い出すに、98年のフランス・ワールドカップはそのアジア予選から、初戦のアルゼンチン戦、そして94年アメリカ大会の予選のドーハの悲劇すべて、泣いた記憶があるし、日韓大会も一次リーグのすべての試合に鳥肌を立てていたが、今回は予選を勝ち上がったときも、こんなにこてんぱんにやられてもその時のような感情の振幅はないのが実に不思議だ。
慣れたのかそれとも現代表にはなにか自分の琴線に触れるものがなかったのか、いや、ある意味、日本国民として自国を応援するということより、今回は、子供の頃ワールドカップ番組を観ていた時の気持ちに近いものを思い出したのかも知れない。
今日の敗戦でかなりの国民がこのお祭りから視線を遠ざけるであろうが、逆にこれからは昔の憧れの気持ちをもって他の国を安心して観られる。
冷たいようだけど、横綱に叩きつけられて教えられたと思わないとね。
だから意外な結果ではなかったし、よくぞ一点取ったと思う。
けれども泣けなかった。
しかし98年よりも02年の時よりも選手は悔しがっていたように思う。
僕はそれを評価したい。
98年の初戦、高速道路のサービスエリアの中で君が代を聴いたときは涙が溢れてきた。あれを聴いて泣いたのは後にも先にもあの時だけだ。
たしか当時のBBSに書いたと思うが、「ここに日本人が立っていてしかも相手がアルゼンチン」、今じゃあたりまえだと思う世代とは違う苦難の歴史、しかも惜しいとか言う以前のレヴェルで敗退してきたのを知っているから、目の前の小さな画面(車載のテレビで観ていた)の映っていることが信じられず感動の涙を流したのだ。
そして試合前は「チケットが手に入らず多数の観客難民が出るであろう」との予想を覆しての青い観客席に涙した。
しかも、日韓の若いサポーターたちがお互いに応援しあったり肩を組んで交流するのを観て涙した。
日韓大会は半分失敗だったと未だに運命を呪っている。
なぜならば、どちらの代表チームも海を越えなかった(意図的ではなくお互い組を一位通過してしまったから)からだ。
共催といいながら、別開催だったのが残念で、特に韓国の日本に対する優越感の噴出が、決勝トーナメント一回戦でトルコに負けたときにあったのが残念だった。
98年のフランス大会の方が「一緒に行こうぜ」という友好ムードがあったし、自分としては今回は予選から韓国と戦うことなしに、どんどん友人との距離が離れていくような感じがあるのが面白くない。
次回は今回こてんぱんにやられたオーストラリアがアジア予選に登場するし、今回のアジア勢の成績によってはアジアの枠が減る可能性が大きいと思うから、次回は出られるかどうかも分からない。
でも日本代表を応援する気持ちには変わりがないが、今回気付いた。
自分があこがれたワールドカップというのは日本とはかけはなれたスーパースターのサッカーの見本市だったのだ。
その原点に気付かせてくれた運命に感謝。
オーストラリア戦の終了間際のラッシュ、そしてブラジル戦の前半ロスタイムでのロナウドの一発。
この間も書いたけど、これはKO負けです。
一発はいっちゃったのね。
だから、確かに技術的にはミスの連鎖と専門的には分析できるだろうけど、最初に書いたとおり、僕は98年のような惜敗よりは、すっぱりあきらめられる負け方だったから、当事者は悪夢になるだろうけど、僕はすがすがしいよ。
ここまでやられたら、いわゆるぐうの音もでないってやつで。
リングに横たわってなにも分からず気絶している気分です。
日本が出るから観るという動機じゃないのです、僕にとってこのお祭りは。これからは純粋にサッカーファンとして楽しませてもらいます。
代表のみなさん僕は感謝しているよ。
僕の周りはみんな怒ってるけどね(爆)
夢は失わないように、でも現実は本当に厳しいと言うことは教育の現場でも必要なんだと思います。
おためごかしがありすぎるのだと思います。
それを愛情だと勘違いするのは大間違い。
そんな中、笑顔でプレイするロナウジーニョはいったい何者なんでしょう(爆)
あ、今思い出した。
4-1というのは、僕の最も鮮烈な想い出の1970年メキシコ大会の決勝のブラジルとイタリアのスコアであり、ブラジルの一点めはあのペレのヘディングだった。
なんかさ、ロナウドが決めたとき、日本は青いし、一瞬頭の中でフラッシュバックが起きました。
ミドルシュートも、70年の時の4点めのカルロス・アルベルトのシュートを思い出したよ。
やられて悔しいのに、でも凄すぎて笑っちゃうシュートってあるんだよね。
日本にはマリーシア(ずるがしこさ)がないと言われること
2006-06-12
さあ、今日はドイツワールドカップの日本対オーストラリアの試合だ。
心配性の自分からすると、組み合わせが決まったときに「三戦全敗、或いは一分け二敗、つまり一次予選で姿を消すことがありえるな」と、その「ありえる」が、2/3以上の確率で、と直感していた。
でも他の組に入ったらどうだったのかとおもうと、どこだって楽に勝てるはずがない、みんな予選を勝ち抜いてきた国だし、アジア最終予選だって楽なところは無かったからね。
でも今日の気分は絶対に負けない気がするのだ。
絶対に勝つ!
予想して欠点を気にし、悲観する暇があったら監督と選手を信じて応援した方が良いに決まってる。
今回もブラジルは最有力だし、子供の頃初めて見たワールドカップはペレ率いるブラジルの三度目の優勝の時だったから、永遠の憧れのブラジルの個人技は今でも失せない。
しかし前回2002年大会の3R(ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ)のうち、98年大会でも大活躍したリバウド(今回はいないけど)の一次予選のトルコ戦だったか、実にずるいプレーをみて大嫌いになった。
ファウルだったかピッチの外にボールが出たプレーで試合がとまったときか、相手の選手が手ではなくボールを蹴ってリバウドにちょっと早い玉で送ったとき、それをキャッチ出来なくて、実際には体に当たっているのに、顔に当たったように振る舞ってその場に崩れ落ちた。
それを審判が勘違いし、相手にイエローカードを出しフリーキックになった。
実に卑怯だと思ったし、それもサッカーだと彼はインタビューで答える。
たしかに勝てばいいのだ。
でも自分の好きなサッカーの選手、特にブラジルの選手であそこまでえげつないプレーで相手を負かそうとしているやつを知らなかった。
今までもいなかった分けじゃないだろう、それを何万人もの客の前ですぐに映像でもばれることがわかっていても、たった1人の主審をだませば結果オーライだということがださくて、テレビに向かって罵った記憶がある。
そんなことしなくても勝てるはずなのに、相撲で言えば、立ち会い逃げてはたき込みなんてやつは、横綱や大関がするべき相撲じゃないと思っている僕の頭が固いのか。
記憶に残る最大のずるいプレーと言えば、マラドーナの「神の手」ゴールだ。
あれは、イングランドとのフォークランド紛争があったゆえの必死な裏技だったのだろう。
裁判でも結果がでちゃったら、後で正しいことをどうこう言ったって覆らないことはたくさんある見本だろう。
でもその後の何人も1人で抜き去って入れたゴールがあったからそのすごさの輝きのおかげで、そのずるさへの批判は少々薄まったけど、良心の呵責より国の威信で勝負にかたなければならないのか。
ファウルのアピール、実際には相手に引っかけられてないのに特にペナルティエリアで自分で倒れて(これをシミュレーションと呼ぶ。今じゃこれがばれると悪質な場合退場。逆にたぶんそうでないのにそうとられた悲劇が2002年にはあったけど。)相手のせいにしたり痛がっているのをみせるということについては音楽に限らず主張の強い国民性が日本以外の国には満ちている。
それゆえ、それを自然に受け取れる世界観があるのだろうが、マラドーナが世界にデビューしたユースの世界選手権を幸運にも国立競技場で見ていた記憶に、マラドーナが大柄なソ連の選手にはねとばされても、まるで引力に逆らっているように倒れずドリブルをし続けていた姿が鮮明に残っている。
小柄な重戦車的な突進に感動したことを覚えている。
倒れてファウルをとられるよりそのまま行ってシュートしようと言う意欲が満ちあふれていた。
どうだろうなあ、プレーの質が変わってきているけど、昔は牛若丸よろしく、激しいタックルをよけたり当たられてもそのまま続行しようという気概があったようにおもい、今のようにすぐに倒れようとする選手がそんなに多くなかったようにも思うが、気のせいか。
ジョホールバルの奇跡と呼ばれたたしか97年の最終予選、相手のイランのキーパーも当たってないところを押さえ、救護班が水をかけている場所と痛がっている場所が違い、日本がチャンスになる度に時間を稼いでいた。
世界のスタンダードは、審判や相手を欺くこともサッカーだから、なんでこういうことを日本はしないのかというより、その当たり前の道徳さを誇りに出来ないものか。
サッカーにおいて、柔道の棟田選手の様な礼に始まって礼に終わる強さを日本の強みにできないものか。
最近のセリエAの八百長の不祥事が話題になるが、敬虔なキリスト教国で起きていることがキリスト教徒=性善説と思いこまされている自分から、理解出来ない。
まあマフィアの国だと思っていればとても理解出来るけどね。
一転、ブラジル人の監督のみならず、フランス人監督の時も、外人選手達には、日本人にはマリーシアが足りない、と良く指摘される。
明らかに審判が停めて「用意!どん!」みたいなフリーキックならいざしらず、相手が十分陣形を立て直していないときにすぐにフリーキックを初めて相手の裏をとるなんてことは、ざらにある手段だ。
それは相手も油断しているんだから勝負の世界、僕は否定しない。
でも、神の手ゴールとか、リバウドを初めとする、いわゆる偽りの被害者を装うプレイのあと、ゴールしたりピッチに出るときに十字を切ったりして神に祈っているのをみると、本当に腹が立つ。
俺はそういうキリスト教の道徳観を理解することは不可能だ。
まあどんな人の「あやまち」にも神様は許してくれるのだろう。
それよりも手段を選ばず勝つことがよいと聖書に書いてあるのだろうか。
「クリスチャンは良い人、あるいは常に善良な人になろうとする人のはず」という先入観を持っている自分がいるからこのギャップに血が煮えたぎる。
前にも引用したが、70年ワールドカップのブラジルvsイングランド戦での、王様ペレが自分の決定的なシュートをとめた相手のゴールキーパーのスーパープレイを賞賛し、駆け寄って祝福したような時代じゃないのかも知れない。
嘘をついてはいけないというのは境目を定義することは不可能である。
ゆえに、フェイントで相手を騙したりしてはいけないという馬鹿げた理屈を主張するのではなく、クリスチャンのはずの選手や経営者がああいう八百長やシミュレーションをして英雄になっているのが(八百長はさすがに糾弾されているが)理解出来ない。
スポーツマンシップというのはいったいキリスト教徒にとってなんなんだろう。
日本だって関東と関西じゃ本質的な価値観が違うとおもうこともあるけど、潔いというのはやっぱり日本人の美徳だと思う。
逆にその部分が淡泊でぎりぎりの交渉や闘いでは弱みを見せるところになる点だろうが、体格もずっと大きく、中にはとてもずるい相手たちに真っ向勝負で勝って欲しい。
ずるいプレーで負けたとしても胸を張ればいい。
日本の良いところで相手を打ち崩し、あと半日後には僕たちに喜びを与えて欲しい。
メキシコオリンピックのときはおおかたの予想を覆して銅メダル、しかも地元のメキシコから奪った。
たしかその栄誉と同時にフェアプレイ賞ももらったはずだ。
あの伝統の誇りは忘れては行けないと思う。
心配性の自分からすると、組み合わせが決まったときに「三戦全敗、或いは一分け二敗、つまり一次予選で姿を消すことがありえるな」と、その「ありえる」が、2/3以上の確率で、と直感していた。
でも他の組に入ったらどうだったのかとおもうと、どこだって楽に勝てるはずがない、みんな予選を勝ち抜いてきた国だし、アジア最終予選だって楽なところは無かったからね。
でも今日の気分は絶対に負けない気がするのだ。
絶対に勝つ!
予想して欠点を気にし、悲観する暇があったら監督と選手を信じて応援した方が良いに決まってる。
今回もブラジルは最有力だし、子供の頃初めて見たワールドカップはペレ率いるブラジルの三度目の優勝の時だったから、永遠の憧れのブラジルの個人技は今でも失せない。
しかし前回2002年大会の3R(ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ)のうち、98年大会でも大活躍したリバウド(今回はいないけど)の一次予選のトルコ戦だったか、実にずるいプレーをみて大嫌いになった。
ファウルだったかピッチの外にボールが出たプレーで試合がとまったときか、相手の選手が手ではなくボールを蹴ってリバウドにちょっと早い玉で送ったとき、それをキャッチ出来なくて、実際には体に当たっているのに、顔に当たったように振る舞ってその場に崩れ落ちた。
それを審判が勘違いし、相手にイエローカードを出しフリーキックになった。
実に卑怯だと思ったし、それもサッカーだと彼はインタビューで答える。
たしかに勝てばいいのだ。
でも自分の好きなサッカーの選手、特にブラジルの選手であそこまでえげつないプレーで相手を負かそうとしているやつを知らなかった。
今までもいなかった分けじゃないだろう、それを何万人もの客の前ですぐに映像でもばれることがわかっていても、たった1人の主審をだませば結果オーライだということがださくて、テレビに向かって罵った記憶がある。
そんなことしなくても勝てるはずなのに、相撲で言えば、立ち会い逃げてはたき込みなんてやつは、横綱や大関がするべき相撲じゃないと思っている僕の頭が固いのか。
記憶に残る最大のずるいプレーと言えば、マラドーナの「神の手」ゴールだ。
あれは、イングランドとのフォークランド紛争があったゆえの必死な裏技だったのだろう。
裁判でも結果がでちゃったら、後で正しいことをどうこう言ったって覆らないことはたくさんある見本だろう。
でもその後の何人も1人で抜き去って入れたゴールがあったからそのすごさの輝きのおかげで、そのずるさへの批判は少々薄まったけど、良心の呵責より国の威信で勝負にかたなければならないのか。
ファウルのアピール、実際には相手に引っかけられてないのに特にペナルティエリアで自分で倒れて(これをシミュレーションと呼ぶ。今じゃこれがばれると悪質な場合退場。逆にたぶんそうでないのにそうとられた悲劇が2002年にはあったけど。)相手のせいにしたり痛がっているのをみせるということについては音楽に限らず主張の強い国民性が日本以外の国には満ちている。
それゆえ、それを自然に受け取れる世界観があるのだろうが、マラドーナが世界にデビューしたユースの世界選手権を幸運にも国立競技場で見ていた記憶に、マラドーナが大柄なソ連の選手にはねとばされても、まるで引力に逆らっているように倒れずドリブルをし続けていた姿が鮮明に残っている。
小柄な重戦車的な突進に感動したことを覚えている。
倒れてファウルをとられるよりそのまま行ってシュートしようと言う意欲が満ちあふれていた。
どうだろうなあ、プレーの質が変わってきているけど、昔は牛若丸よろしく、激しいタックルをよけたり当たられてもそのまま続行しようという気概があったようにおもい、今のようにすぐに倒れようとする選手がそんなに多くなかったようにも思うが、気のせいか。
ジョホールバルの奇跡と呼ばれたたしか97年の最終予選、相手のイランのキーパーも当たってないところを押さえ、救護班が水をかけている場所と痛がっている場所が違い、日本がチャンスになる度に時間を稼いでいた。
世界のスタンダードは、審判や相手を欺くこともサッカーだから、なんでこういうことを日本はしないのかというより、その当たり前の道徳さを誇りに出来ないものか。
サッカーにおいて、柔道の棟田選手の様な礼に始まって礼に終わる強さを日本の強みにできないものか。
最近のセリエAの八百長の不祥事が話題になるが、敬虔なキリスト教国で起きていることがキリスト教徒=性善説と思いこまされている自分から、理解出来ない。
まあマフィアの国だと思っていればとても理解出来るけどね。
一転、ブラジル人の監督のみならず、フランス人監督の時も、外人選手達には、日本人にはマリーシアが足りない、と良く指摘される。
明らかに審判が停めて「用意!どん!」みたいなフリーキックならいざしらず、相手が十分陣形を立て直していないときにすぐにフリーキックを初めて相手の裏をとるなんてことは、ざらにある手段だ。
それは相手も油断しているんだから勝負の世界、僕は否定しない。
でも、神の手ゴールとか、リバウドを初めとする、いわゆる偽りの被害者を装うプレイのあと、ゴールしたりピッチに出るときに十字を切ったりして神に祈っているのをみると、本当に腹が立つ。
俺はそういうキリスト教の道徳観を理解することは不可能だ。
まあどんな人の「あやまち」にも神様は許してくれるのだろう。
それよりも手段を選ばず勝つことがよいと聖書に書いてあるのだろうか。
「クリスチャンは良い人、あるいは常に善良な人になろうとする人のはず」という先入観を持っている自分がいるからこのギャップに血が煮えたぎる。
前にも引用したが、70年ワールドカップのブラジルvsイングランド戦での、王様ペレが自分の決定的なシュートをとめた相手のゴールキーパーのスーパープレイを賞賛し、駆け寄って祝福したような時代じゃないのかも知れない。
嘘をついてはいけないというのは境目を定義することは不可能である。
ゆえに、フェイントで相手を騙したりしてはいけないという馬鹿げた理屈を主張するのではなく、クリスチャンのはずの選手や経営者がああいう八百長やシミュレーションをして英雄になっているのが(八百長はさすがに糾弾されているが)理解出来ない。
スポーツマンシップというのはいったいキリスト教徒にとってなんなんだろう。
日本だって関東と関西じゃ本質的な価値観が違うとおもうこともあるけど、潔いというのはやっぱり日本人の美徳だと思う。
逆にその部分が淡泊でぎりぎりの交渉や闘いでは弱みを見せるところになる点だろうが、体格もずっと大きく、中にはとてもずるい相手たちに真っ向勝負で勝って欲しい。
ずるいプレーで負けたとしても胸を張ればいい。
日本の良いところで相手を打ち崩し、あと半日後には僕たちに喜びを与えて欲しい。
メキシコオリンピックのときはおおかたの予想を覆して銅メダル、しかも地元のメキシコから奪った。
たしかその栄誉と同時にフェアプレイ賞ももらったはずだ。
あの伝統の誇りは忘れては行けないと思う。
WBC開催の日本野球にとっての意義
2006-03-24
日本が優勝したということは大変おめでたいけど、そういう「結果」も大事だったけど、もう一つ、「野球」が国を背負って戦うという新しいフィールドを見つけたことは快挙だと思います。
それにアメリカが負けたこと、そしてやっぱり日韓戦がサッカー同様意地の張り合いになったこと、そして勝てるとは今まで思ってなかったキューバに打ち合いでも勝った、これが面白かった。
今回のアメリカの凋落は、もちろん油断していて本気モードじゃなかったのかもしれないけど、サッカーで言う2002年のワールドカップでのイタリアの凋落に印象が重なります。
結局「本場」に見えていたのに、実のところ異邦人に支えられていて、それの出身地の国がアメリカやイタリアを食いまくる時代になったのです。
アメリカはもともと移民の国なんだけど、皮肉です。
でもサッカーに関してはアメリカは世界のなかで後進国だったし、人気はフットボールやバスケット、野球なんかに比べたらすごくないのに、実は凄くタフで日本は現在ほとんど勝てません。
きっとサッカーに携わっているアメリカ人は、今回のWBCに臨んだアメリカ人達とハングリーさが違うのだと想像します。
それと日本については、オリンピックで野球だけでなく、ソフトボールも今回の韓国みたいに何度当たっても負け続けたオーストラリアとWBCで戦って雪辱して欲しかった。
子供の頃に比べて最近は見なくなった野球がどうのというより、国を背負って戦うから今回のは好きでした。
でも決定的に野球の嫌いな処は、四死球や、パスボールやワイルドピッチで決勝点が決まるシステムがあるからです。
そして、敬遠という行為が成り立つ女々しいルールは他のどんな「対戦競技」でもありえません。
キャッチャーが最初から立ってボールを受けるのを禁止すべきです。(爆)
ああいう、目の前の勝負を避けるということは柔道やボクシングだったら「教育的指導」を受けるだろう。
勝負を逃げてるんだから。
まあサッカーも後半の残り数分は勝っている側がボールを廻したりして時間稼ぎをするときはずるいと思うし、演技で倒れてPKを取るのも頭来るけど。
あと、日本の野球の嫌いなところは、アマチュアとプロで何団体もあってそれぞれのメンツがあるところです。
アマチュア野球、特に高校野球はいま変わりつつあるみたいだけど、プロ選手の息子が親父のアドヴァイスを受けたら処分されるという、素朴に考えて「教育上の見えない財産を下の世代に伝えていくことを阻害するするシステム」が嫌いでした。
プロとアマチュアの区別は「訓練して強くなりたい」とか「野球を普及させる」ということに於いて、本質的にないのに、それが前述の例のようにあるということは、組織の構造のせいです。
国内でそういう金玉の小さいことを言っていたら将来どこにも勝てなくなる。
だからWBCの開催意義がここにあったのです。
まあ日本のいつものパターンで外圧(今回は圧力ではないけど)がないと何も変わらないということで、自発的に変わっていくわけじゃないだろうけど。
だからそういう意味では、サッカー協会の川淵キャプテンは、様々な「日本の野球のいけないところ」を排除していまの日本のサッカーを93年以前と根本的に変えたと言うことは、「上に立つ人」として実にスケールの大きいボスだと思います。
それにアメリカが負けたこと、そしてやっぱり日韓戦がサッカー同様意地の張り合いになったこと、そして勝てるとは今まで思ってなかったキューバに打ち合いでも勝った、これが面白かった。
今回のアメリカの凋落は、もちろん油断していて本気モードじゃなかったのかもしれないけど、サッカーで言う2002年のワールドカップでのイタリアの凋落に印象が重なります。
結局「本場」に見えていたのに、実のところ異邦人に支えられていて、それの出身地の国がアメリカやイタリアを食いまくる時代になったのです。
アメリカはもともと移民の国なんだけど、皮肉です。
でもサッカーに関してはアメリカは世界のなかで後進国だったし、人気はフットボールやバスケット、野球なんかに比べたらすごくないのに、実は凄くタフで日本は現在ほとんど勝てません。
きっとサッカーに携わっているアメリカ人は、今回のWBCに臨んだアメリカ人達とハングリーさが違うのだと想像します。
それと日本については、オリンピックで野球だけでなく、ソフトボールも今回の韓国みたいに何度当たっても負け続けたオーストラリアとWBCで戦って雪辱して欲しかった。
子供の頃に比べて最近は見なくなった野球がどうのというより、国を背負って戦うから今回のは好きでした。
でも決定的に野球の嫌いな処は、四死球や、パスボールやワイルドピッチで決勝点が決まるシステムがあるからです。
そして、敬遠という行為が成り立つ女々しいルールは他のどんな「対戦競技」でもありえません。
キャッチャーが最初から立ってボールを受けるのを禁止すべきです。(爆)
ああいう、目の前の勝負を避けるということは柔道やボクシングだったら「教育的指導」を受けるだろう。
勝負を逃げてるんだから。
まあサッカーも後半の残り数分は勝っている側がボールを廻したりして時間稼ぎをするときはずるいと思うし、演技で倒れてPKを取るのも頭来るけど。
あと、日本の野球の嫌いなところは、アマチュアとプロで何団体もあってそれぞれのメンツがあるところです。
アマチュア野球、特に高校野球はいま変わりつつあるみたいだけど、プロ選手の息子が親父のアドヴァイスを受けたら処分されるという、素朴に考えて「教育上の見えない財産を下の世代に伝えていくことを阻害するするシステム」が嫌いでした。
プロとアマチュアの区別は「訓練して強くなりたい」とか「野球を普及させる」ということに於いて、本質的にないのに、それが前述の例のようにあるということは、組織の構造のせいです。
国内でそういう金玉の小さいことを言っていたら将来どこにも勝てなくなる。
だからWBCの開催意義がここにあったのです。
まあ日本のいつものパターンで外圧(今回は圧力ではないけど)がないと何も変わらないということで、自発的に変わっていくわけじゃないだろうけど。
だからそういう意味では、サッカー協会の川淵キャプテンは、様々な「日本の野球のいけないところ」を排除していまの日本のサッカーを93年以前と根本的に変えたと言うことは、「上に立つ人」として実にスケールの大きいボスだと思います。
Viva! Mexico!
2006-03-18
メヒコが、アメリカに有利な、実にずるい判定にめげず、アメリカをやっつけたおかげで、日本代表の野球チームがWBCの準決勝にすすめました。それを祝して、僕とアミーゴの写真を投稿します。
でも実はこのアミーゴの名前が、フェルナンデス氏かゴンザレス氏かサンチェス氏かガルシア氏かカルロス氏かは知りません。
でもそんなことはどうでも良いのです。
仲良きことはすばらしいことなのです。
会ったのは、今日や昨日ではなく、2002年の日韓サッカーワールドカップの頃です。
横浜の駅構内で知り合い、記念撮影をしました。
グラシアス!おこしやす!
今度は日本が韓国に勝たないとね。
でもあの独自の野球のルールを主張する(爆)へんてこりんな審判が、バッシングにもめげずまた日韓戦をジャッジするみたいだから、とんでもない騒ぎになるかも。
寒ブリはなぜ旨いのか=冬には痩せられない(爆)
2006-02-03
冬とか北の海で獲れた魚は旨いのは何故か。
脂がのっているからだ。
なぜ脂がのるのか。
水が冷たいからだ。
冷たいと何故脂がのるかって専門的にはわからんが、体を守るための自己防衛かなんかだろう。
別に魚が運動不足で脂がたまっているわけじゃない(爆)
自転車にしゃかりきに乗るので薄着をしていたら、知り合いに「そんなに寒い恰好をしていたらかえって皮下脂肪が厚くなるのよ」って言われたことをぶり大根を食いながら思い出した。
言われたときは「運動しているんだから燃やしているしそんなわけないだろう」と受け合わなかったが、魚は運動していても脂がのるのがこの季節だ。
こんなに自転車で走っているのになぜちっとも痩せないのだろうと風呂に入りながら思い返してみると、やっぱり「脂の乗りやすい」冬にダイエットは不可能だと悟った(爆)
ダイエットのサプリの勧誘のメールが良く来る。
中には「体温を上げることによって代謝を良くする」と書いてあるものがある。
先ほどの脂の乗った魚の逆だな。
たしかに火にかけたフライパンの上にラードをのせれば溶ける。
体温を上げて運動をすれば脂肪燃焼効率は良いだろう。
でも誰も「では痩せることを目的としたジョギングやサイクリングの前に思い切り熱いお風呂に入ってからやりましょう」と言わないのは何故だ(爆)
今やると湯冷めしそうだが、暖かくなったらやってみようかな。
もちろん湯上がりには水分を取って。(本気(爆))
脂がのっているからだ。
なぜ脂がのるのか。
水が冷たいからだ。
冷たいと何故脂がのるかって専門的にはわからんが、体を守るための自己防衛かなんかだろう。
別に魚が運動不足で脂がたまっているわけじゃない(爆)
自転車にしゃかりきに乗るので薄着をしていたら、知り合いに「そんなに寒い恰好をしていたらかえって皮下脂肪が厚くなるのよ」って言われたことをぶり大根を食いながら思い出した。
言われたときは「運動しているんだから燃やしているしそんなわけないだろう」と受け合わなかったが、魚は運動していても脂がのるのがこの季節だ。
こんなに自転車で走っているのになぜちっとも痩せないのだろうと風呂に入りながら思い返してみると、やっぱり「脂の乗りやすい」冬にダイエットは不可能だと悟った(爆)
ダイエットのサプリの勧誘のメールが良く来る。
中には「体温を上げることによって代謝を良くする」と書いてあるものがある。
先ほどの脂の乗った魚の逆だな。
たしかに火にかけたフライパンの上にラードをのせれば溶ける。
体温を上げて運動をすれば脂肪燃焼効率は良いだろう。
でも誰も「では痩せることを目的としたジョギングやサイクリングの前に思い切り熱いお風呂に入ってからやりましょう」と言わないのは何故だ(爆)
今やると湯冷めしそうだが、暖かくなったらやってみようかな。
もちろん湯上がりには水分を取って。(本気(爆))
ほととぎす三題みたいだった(爆)
2006-01-27
最近自転車に乗ることがとても楽しい。
中学や高校の頃はけっこうスポーツ車に乗って、専門誌も買っていたし工具もそこそこそろえ、分解調整をしたりしたものだ。
遠くへツーリングをしたことはなかったが、歩くより「高速に移動する」手段はその時分の自分にとって(ダジャレではない)は自転車が一番だったし、しかも「楽しく乗る」ということに於いて,自分の仕事、ひいては人生に直結しているピアノの選定と同じくママチャリでそれを味わうことは考えたこともない。
しかしいつしかロードレーサーと当時は言っていた自転車もフレームだけが家の横に放置されていて、十数年そういう状態の中で、いずれはそれに再び乗りたいから捨ててなかったわけだ。
しかしいつしかうそういうのを再調整して乗れるようにするよりも、新品(ロードレーサーじゃなくて、クロスバイクみたいなのが欲しかった)を買った方が安い(性能を考えると子供の頃より断然自転車は安くなっていると思う)と思うようになっていた。
今思えば放置してあったものは、セミ・オーダーのクローム・モリブデン製のフレームに、最近はあまり見かけないけどドロップハンドルの一番先っぽに変速機レバーがついていて、チューブラー・タイヤを履いた当時はそこそこ本格的なものだったので、ある意味クラシックカー(爆)だから再調整すれば、詳しい人には時代錯誤的にあきれかえられたかもしれないのになあ。
でも今の気分はつゆほども浮かんでないときに、去年粗大ゴミに出して捨ててしまった。
最近は買った折りたたみのミニサイクルでももう一台あるママチャリでも健康のための自転車乗りは十分につとまるとおもっていたが、正月以来距離を長く走るようになったとき、あのレーサー風自転車、捨てないで直して使えば良かったと思い直していた。
その矢先、ひょんなことで「速く走る為に設計された自転車」の中古を昨日手に入れることになり、昨日と今日、練習とレッスンをするに当たり、試運転もかねて自宅から20キロちょっとにあるピアノのショウルームに自転車で行ってみた。
正月に江ノ島までママチャリで何人かでサイクリングした話を投稿したが、やっぱりあの爽快感は、みんなで一緒に走って遠くまで行ったという爽快感ではあったが、自転車に乗るという「そのものの楽しさ」にはほど遠かったし、この自転車に乗って走り出すといきなり高校生のころのあの爽快感がよみがえった。
まさに良いピアノで弾くのと、とりあえず音が出るぞという楽器で弾くのとの違いだ。
前者を知ると、音楽は気持ちだけではなく楽器でその悦びが無限大に拡がると思うものだ。
何十年ぶりで前傾姿勢で漕ぎはじめたときはちょっと不安になったものだが、もうママチャリに乗ることに戻れない(爆)
この内容と件名にどんな関係があるかというと、今日は目的地で三人の女性にあった。
もちろん、彼女たちはいわゆるドロップハンドルの自転車に乗った経験がない。
おもしろいので、レッスン前に乗ってみないかと薦めてみた。
ちなみに三人の内二人は正月に江ノ島を走ったメンバーでもある。
件名にほととぎすと書いたのは、
「鳴かせてみよう」「鳴くまでまとう」「鳴かねば殺してしまえ」のことだ。
さて、結果は。
最初の人。
「このハンドルはどこをもつのですか。」「ブレーキはどうやってかけるのですか」と綿密に僕に心得の10秒くらいのレクチャーを受けたのちよろよろと走ってすぐに停まった。
きゃあきゃあ怖がった割にはとりあえず成功。
次の人。
普段自分が乗っている自転車との違いに驚くのは先ほどの人と同じだったが、いわゆる女乗りができないので(サドルの前から足を反対側のペダルに乗せること)どうやったら足をペダルに乗せるかばかりを考えているなと思ったらいきなり大胆に勢いをつけてまたがり乗ったと思ったらすぐに走り出した。
そうそう、前の人は、自転車を十分に倒して跨りやすいようにして時間をかけて跨ったのに比べ、この人は自転車は直立したまま、まさにいきなり跨った。
動き出したけどあきらかにブレーキの事を忘れてるなと思ったらそのまま車道の方に進んで行くから
(あ、そうそう、この実験は食事をした蕎麦屋さんの駐車場でやったの。だったんそば、とても美味しい。)
慌てて追いかけて「ブレーキ!」と叫んだら、その瞬間彼女も「危険な状態に自分は進んでいること」に気づいて、たぶん足を地面に着けて停まろうと思ったらしいが、サドルの位置は結構高いからそうも行かずいきなり転倒。
だってその直前別の人にブレーキのことについて説明をしたのを彼女は見ていたはずなのにまったく効果はなかったわけだ。
乗るということは、またがって動くだけではなく、停まることも前提に考えてこそだと思うのだが(爆)
きっとどこかぶつけて今も痛いだろうしよく怪我をしなかったと思うような倒れ方だ。
三番目の人。
経験した二人から、トライすることを勧められた(そこが面白い)が、リスクを冒してまではそんなことに挑戦するものかとなにもせず終わり。
僕の記憶では、彼女は三人のなかでは唯一高校生の頃陸上部に所属していた体育会系のはずなので、運動能力に自信がないタイプではないことを付け加えておく。
この指向性は演奏にも反映しているのかどうかはさすがの俺もわからない(爆)
でも人間は新しいことに出会うときこんな些細なことでも、それに対する反応の仕方にそれぞれの個性が出ていたことが面白かった。
中学や高校の頃はけっこうスポーツ車に乗って、専門誌も買っていたし工具もそこそこそろえ、分解調整をしたりしたものだ。
遠くへツーリングをしたことはなかったが、歩くより「高速に移動する」手段はその時分の自分にとって(ダジャレではない)は自転車が一番だったし、しかも「楽しく乗る」ということに於いて,自分の仕事、ひいては人生に直結しているピアノの選定と同じくママチャリでそれを味わうことは考えたこともない。
しかしいつしかロードレーサーと当時は言っていた自転車もフレームだけが家の横に放置されていて、十数年そういう状態の中で、いずれはそれに再び乗りたいから捨ててなかったわけだ。
しかしいつしかうそういうのを再調整して乗れるようにするよりも、新品(ロードレーサーじゃなくて、クロスバイクみたいなのが欲しかった)を買った方が安い(性能を考えると子供の頃より断然自転車は安くなっていると思う)と思うようになっていた。
今思えば放置してあったものは、セミ・オーダーのクローム・モリブデン製のフレームに、最近はあまり見かけないけどドロップハンドルの一番先っぽに変速機レバーがついていて、チューブラー・タイヤを履いた当時はそこそこ本格的なものだったので、ある意味クラシックカー(爆)だから再調整すれば、詳しい人には時代錯誤的にあきれかえられたかもしれないのになあ。
でも今の気分はつゆほども浮かんでないときに、去年粗大ゴミに出して捨ててしまった。
最近は買った折りたたみのミニサイクルでももう一台あるママチャリでも健康のための自転車乗りは十分につとまるとおもっていたが、正月以来距離を長く走るようになったとき、あのレーサー風自転車、捨てないで直して使えば良かったと思い直していた。
その矢先、ひょんなことで「速く走る為に設計された自転車」の中古を昨日手に入れることになり、昨日と今日、練習とレッスンをするに当たり、試運転もかねて自宅から20キロちょっとにあるピアノのショウルームに自転車で行ってみた。
正月に江ノ島までママチャリで何人かでサイクリングした話を投稿したが、やっぱりあの爽快感は、みんなで一緒に走って遠くまで行ったという爽快感ではあったが、自転車に乗るという「そのものの楽しさ」にはほど遠かったし、この自転車に乗って走り出すといきなり高校生のころのあの爽快感がよみがえった。
まさに良いピアノで弾くのと、とりあえず音が出るぞという楽器で弾くのとの違いだ。
前者を知ると、音楽は気持ちだけではなく楽器でその悦びが無限大に拡がると思うものだ。
何十年ぶりで前傾姿勢で漕ぎはじめたときはちょっと不安になったものだが、もうママチャリに乗ることに戻れない(爆)
この内容と件名にどんな関係があるかというと、今日は目的地で三人の女性にあった。
もちろん、彼女たちはいわゆるドロップハンドルの自転車に乗った経験がない。
おもしろいので、レッスン前に乗ってみないかと薦めてみた。
ちなみに三人の内二人は正月に江ノ島を走ったメンバーでもある。
件名にほととぎすと書いたのは、
「鳴かせてみよう」「鳴くまでまとう」「鳴かねば殺してしまえ」のことだ。
さて、結果は。
最初の人。
「このハンドルはどこをもつのですか。」「ブレーキはどうやってかけるのですか」と綿密に僕に心得の10秒くらいのレクチャーを受けたのちよろよろと走ってすぐに停まった。
きゃあきゃあ怖がった割にはとりあえず成功。
次の人。
普段自分が乗っている自転車との違いに驚くのは先ほどの人と同じだったが、いわゆる女乗りができないので(サドルの前から足を反対側のペダルに乗せること)どうやったら足をペダルに乗せるかばかりを考えているなと思ったらいきなり大胆に勢いをつけてまたがり乗ったと思ったらすぐに走り出した。
そうそう、前の人は、自転車を十分に倒して跨りやすいようにして時間をかけて跨ったのに比べ、この人は自転車は直立したまま、まさにいきなり跨った。
動き出したけどあきらかにブレーキの事を忘れてるなと思ったらそのまま車道の方に進んで行くから
(あ、そうそう、この実験は食事をした蕎麦屋さんの駐車場でやったの。だったんそば、とても美味しい。)
慌てて追いかけて「ブレーキ!」と叫んだら、その瞬間彼女も「危険な状態に自分は進んでいること」に気づいて、たぶん足を地面に着けて停まろうと思ったらしいが、サドルの位置は結構高いからそうも行かずいきなり転倒。
だってその直前別の人にブレーキのことについて説明をしたのを彼女は見ていたはずなのにまったく効果はなかったわけだ。
乗るということは、またがって動くだけではなく、停まることも前提に考えてこそだと思うのだが(爆)
きっとどこかぶつけて今も痛いだろうしよく怪我をしなかったと思うような倒れ方だ。
三番目の人。
経験した二人から、トライすることを勧められた(そこが面白い)が、リスクを冒してまではそんなことに挑戦するものかとなにもせず終わり。
僕の記憶では、彼女は三人のなかでは唯一高校生の頃陸上部に所属していた体育会系のはずなので、運動能力に自信がないタイプではないことを付け加えておく。
この指向性は演奏にも反映しているのかどうかはさすがの俺もわからない(爆)
でも人間は新しいことに出会うときこんな些細なことでも、それに対する反応の仕方にそれぞれの個性が出ていたことが面白かった。
僕がサッカー少年だった頃のおはなし2
2006-01-16
この記事は、この一つ前の記事に続き、1997年初夏、ウェブサイト開設当時のページに公開したもので、ブログに移植して加筆した物であります。
***********
現在の自分の太った体型しか知らない人は信じられないだろうけど、足も速かったんだ。
以下は中学のサッカー部のメンバーで陸上の大会にでちゃった話
当時自分の通っていた学校には陸上部がなかったんだけど、体育の先生が、どうしても大会に出場したかったらしく、それで、体育の時間、かけっこのテストが行われ、選ばれたのが偶然、いつもサッカーをやってた仲良し4人組だった。
結論から言うと、まぐれで杉並区の大会で優勝してしまったのだ。(爆)
実情は、その秋の時期大きな全国大会がどこかでやっていて、区大会には他の有力校の人たちは「二軍」の人たちが来ていた。
でも相手はれっきとした陸上部だもの、まぐれとはいえ胸をはってやる。
ぼくらは、トラックを走るスパイクは慣れないから怪我をしないようにという先生の配慮で、普通の靴で練習させられ、大会の二日前にやっとそういうのを履いた。
まるで映画の「しこふんじゃった」状態集団だった。
しかし蓋を開けてみると、前述のように優勝してしまったから、これには見に来ていた人や、先生もびっくりしたらしい。
当人達が一番信じられなかった。
ぼくは性格上(?)、一番手に走らせてもらった。
200メートルを全力で走ったことはそれまでになかったから、とてもきつかったけど、なぜか二番手ぐらいでバトンを渡したのだが、面白いことにそれぞれ、走っている間にやはり、専門家のライヴァルたちに抜かれるのだが、バトンを渡すたびになぜかスピードが落ちず、いつの間にかトップに躍り出ていた。
バトンに関しては特別な練習もしていなかったんだけど、どうなんだろう、サッカーで培ったあうんの呼吸という奴かな(爆)
ゴールが来たとき、
「もうちょっとで抜かれる前にゴールのテープが来た」
という実感だった。
あと数メートルあったら、たぶん抜かれていたなあ。
一緒に走っていて視覚に入る走り方の技術がやっぱり訓練している人たちは違ったし、競ったときのゴールの仕方だって違うだろう絶対。
でも勝ちは勝ち。
おまけに個人でも100M走で、僕は銅メダル(まともな訓練をしないで12秒5というのは評価に値するとおもうけど)、小川君という同僚が優勝。笑っちゃうよね。

音楽ではいっさい「賞」をもらったことがない僕だけど、小学校の時の伊勢丹デパートのプラモデルのコンクールの入賞楯(写真)と、このときの金メダルと銅メダルはもっている(はずだけどないのであったらまた画像をこの記事に加えよう(^^;))のだ。(爆)
他の二人も中距離走で入賞し、(優勝だったかなあ)リレーはそのまま都大会までいっちゃった。
さすがに都大会は、まわり中、背が高くてたくましい選手ばかりで、見上げながら最初から気圧されていた。
でも他の学校の奴だが緊張しきっている奴がいて、鮮明に憶えているのだが、誰かが集合場所にげろを吐いていた。
内容物まで憶えているぞ。ラーメンだった。
なんで、朝からラーメン食ってくるんだよって思った。
いや、もしかしたら今思うとうどんだったのかもしれん。
なんでこんなに鮮明に下らないことを憶えているんだろう。
しかし、ビリにならずに予選であと胸の差で9位に入った。
入ったと書くのが正しいだろう、だって素人だもん。
8位に入れば、なんと決勝レースに行っちゃって、この笑い話に花が咲いたのだが、世の中そんなに甘くない。
区大会の勝ち方と逆だ。それが人世なのだろう。
あれでよかった。
そのレースは途中で転んでくれたチームが二つもいて9位だったのだからおもしろいよね。
こっちは練習なんてあまりしてなかったのに、倒れなかった。
そうだ、転倒だらけの俺の人世なのにこれは転ばなかったぞ。(爆)
走りかたも4人4様で、おもしろかった。
僕は自分のことだからどんな走りか判らないけど、全くフォームも糞もない非効率な走り方だったと思う。
第二走者の丸山君はバスケット部だったが、小柄な人で、腰を落として地を這うように早く走っていた。
第三走者の宮腰君は走り高跳びの選手の助走みたいなぴょんぴょんした走りで、短距離から長距離まで得意だった。
アンカーの小川君は長身で、駝鳥が走るがごとくリーチを効かせていた。
いつも一緒にサッカーをしていたが、あのときほど友人に対して「信頼」しきるということはなかった。
200メートル走るから、カーブがあり、途中で第三走者の控えている場所を通る。
そのとき、宮腰君から「白石がんばれ!」と声がかかった。
ふだんそういうことを言う奴じゃないし、びっくりした。
応援というのは不思議なものだ。
それがなくても戦う気で走っているのだが、独りじゃない気がした。
突然力が倍増し、最後のカーブを曲がってからはフリーになる。
僕は第一走者だったが、曲がって、次の走者が何処にいるのか、打ち合わせもしてなかったし、いわゆる常識的にもどういう風に並んでいるのか知らなかったことに気がついた。
走りながら丸山君を捜した、手を挙げて何か叫んでいる。
がむしゃらにそこに向かっていった。
バトンを渡した後、彼の後ろ姿に泣きそうになった。
何でこんな気分になるか判らないが、最後に小川君がゴールするまで自分も一緒に走っていた。
だって、終われば一秒の数分の一の差が運命を分ける。
そしてゴールした後、無意識に振り返ったのが、観客席だ。
とてもはなれていたが、ある一群だけがとても興奮して揺れていた。
そのとき気がついた。
客席にも一緒に走っている仲間がいた。
訳もなく興奮した。
サッカーで自分でドリブルをして、点をを取ったときよりはるかに嬉しかった。
なぜだろう。個人的な正に個人的なスポーツをしていたのに、仲間とも客席とも気持ちの「共有」を実感した。
どうも自分は思考回路が「浮気」をしているときに真実に出合うようだ。
ピアノに関してもスポーツ選手の話を聴いていて参考になることが多く、結局はピアノの先生に言われたことなのに、「違うジャンル」で知り得たことで、やっとその意味を納得していたりする。
このときもサッカーを一緒にしていたときには解らなかったものが、初めてやった陸上を通じて実感したというわけだ。(爆)
あのとき彼(誰でもない、みんな)が一蹴り頑張ってくれたから勝てた、と素直に感じた。
だから、都大会で負けたとき、自分が最初にもう一蹴り頑張っていたら結果は変わっていただろうと責任を感じた。
それ以来オリンピックでリレーをみるとどうも目頭にこみ上げてくるものがある。
押さえることの出来ない何かだ。
***********
現在の自分の太った体型しか知らない人は信じられないだろうけど、足も速かったんだ。
以下は中学のサッカー部のメンバーで陸上の大会にでちゃった話
当時自分の通っていた学校には陸上部がなかったんだけど、体育の先生が、どうしても大会に出場したかったらしく、それで、体育の時間、かけっこのテストが行われ、選ばれたのが偶然、いつもサッカーをやってた仲良し4人組だった。
結論から言うと、まぐれで杉並区の大会で優勝してしまったのだ。(爆)
実情は、その秋の時期大きな全国大会がどこかでやっていて、区大会には他の有力校の人たちは「二軍」の人たちが来ていた。
でも相手はれっきとした陸上部だもの、まぐれとはいえ胸をはってやる。
ぼくらは、トラックを走るスパイクは慣れないから怪我をしないようにという先生の配慮で、普通の靴で練習させられ、大会の二日前にやっとそういうのを履いた。
まるで映画の「しこふんじゃった」状態集団だった。
しかし蓋を開けてみると、前述のように優勝してしまったから、これには見に来ていた人や、先生もびっくりしたらしい。
当人達が一番信じられなかった。
ぼくは性格上(?)、一番手に走らせてもらった。
200メートルを全力で走ったことはそれまでになかったから、とてもきつかったけど、なぜか二番手ぐらいでバトンを渡したのだが、面白いことにそれぞれ、走っている間にやはり、専門家のライヴァルたちに抜かれるのだが、バトンを渡すたびになぜかスピードが落ちず、いつの間にかトップに躍り出ていた。
バトンに関しては特別な練習もしていなかったんだけど、どうなんだろう、サッカーで培ったあうんの呼吸という奴かな(爆)
ゴールが来たとき、
「もうちょっとで抜かれる前にゴールのテープが来た」
という実感だった。
あと数メートルあったら、たぶん抜かれていたなあ。
一緒に走っていて視覚に入る走り方の技術がやっぱり訓練している人たちは違ったし、競ったときのゴールの仕方だって違うだろう絶対。
でも勝ちは勝ち。
おまけに個人でも100M走で、僕は銅メダル(まともな訓練をしないで12秒5というのは評価に値するとおもうけど)、小川君という同僚が優勝。笑っちゃうよね。

音楽ではいっさい「賞」をもらったことがない僕だけど、小学校の時の伊勢丹デパートのプラモデルのコンクールの入賞楯(写真)と、このときの金メダルと銅メダルはもっている(はずだけどないのであったらまた画像をこの記事に加えよう(^^;))のだ。(爆)
他の二人も中距離走で入賞し、(優勝だったかなあ)リレーはそのまま都大会までいっちゃった。
さすがに都大会は、まわり中、背が高くてたくましい選手ばかりで、見上げながら最初から気圧されていた。
でも他の学校の奴だが緊張しきっている奴がいて、鮮明に憶えているのだが、誰かが集合場所にげろを吐いていた。
内容物まで憶えているぞ。ラーメンだった。
なんで、朝からラーメン食ってくるんだよって思った。
いや、もしかしたら今思うとうどんだったのかもしれん。
なんでこんなに鮮明に下らないことを憶えているんだろう。
しかし、ビリにならずに予選であと胸の差で9位に入った。
入ったと書くのが正しいだろう、だって素人だもん。
8位に入れば、なんと決勝レースに行っちゃって、この笑い話に花が咲いたのだが、世の中そんなに甘くない。
区大会の勝ち方と逆だ。それが人世なのだろう。
あれでよかった。
そのレースは途中で転んでくれたチームが二つもいて9位だったのだからおもしろいよね。
こっちは練習なんてあまりしてなかったのに、倒れなかった。
そうだ、転倒だらけの俺の人世なのにこれは転ばなかったぞ。(爆)
走りかたも4人4様で、おもしろかった。
僕は自分のことだからどんな走りか判らないけど、全くフォームも糞もない非効率な走り方だったと思う。
第二走者の丸山君はバスケット部だったが、小柄な人で、腰を落として地を這うように早く走っていた。
第三走者の宮腰君は走り高跳びの選手の助走みたいなぴょんぴょんした走りで、短距離から長距離まで得意だった。
アンカーの小川君は長身で、駝鳥が走るがごとくリーチを効かせていた。
いつも一緒にサッカーをしていたが、あのときほど友人に対して「信頼」しきるということはなかった。
200メートル走るから、カーブがあり、途中で第三走者の控えている場所を通る。
そのとき、宮腰君から「白石がんばれ!」と声がかかった。
ふだんそういうことを言う奴じゃないし、びっくりした。
応援というのは不思議なものだ。
それがなくても戦う気で走っているのだが、独りじゃない気がした。
突然力が倍増し、最後のカーブを曲がってからはフリーになる。
僕は第一走者だったが、曲がって、次の走者が何処にいるのか、打ち合わせもしてなかったし、いわゆる常識的にもどういう風に並んでいるのか知らなかったことに気がついた。
走りながら丸山君を捜した、手を挙げて何か叫んでいる。
がむしゃらにそこに向かっていった。
バトンを渡した後、彼の後ろ姿に泣きそうになった。
何でこんな気分になるか判らないが、最後に小川君がゴールするまで自分も一緒に走っていた。
だって、終われば一秒の数分の一の差が運命を分ける。
そしてゴールした後、無意識に振り返ったのが、観客席だ。
とてもはなれていたが、ある一群だけがとても興奮して揺れていた。
そのとき気がついた。
客席にも一緒に走っている仲間がいた。
訳もなく興奮した。
サッカーで自分でドリブルをして、点をを取ったときよりはるかに嬉しかった。
なぜだろう。個人的な正に個人的なスポーツをしていたのに、仲間とも客席とも気持ちの「共有」を実感した。
どうも自分は思考回路が「浮気」をしているときに真実に出合うようだ。
ピアノに関してもスポーツ選手の話を聴いていて参考になることが多く、結局はピアノの先生に言われたことなのに、「違うジャンル」で知り得たことで、やっとその意味を納得していたりする。
このときもサッカーを一緒にしていたときには解らなかったものが、初めてやった陸上を通じて実感したというわけだ。(爆)
あのとき彼(誰でもない、みんな)が一蹴り頑張ってくれたから勝てた、と素直に感じた。
だから、都大会で負けたとき、自分が最初にもう一蹴り頑張っていたら結果は変わっていただろうと責任を感じた。
それ以来オリンピックでリレーをみるとどうも目頭にこみ上げてくるものがある。
押さえることの出来ない何かだ。
僕がサッカー少年だった頃のおはなし1
2006-01-16
これは、自分がWebsiteを始めたばかりの頃に書いた記事(1997/6/1)で、もう更新しない種類のものだから、ブログに移植するものです。
移植するにあたり加筆しましたし、いつものごとく無駄に長いので、二つの記事に分けます。
*********
自分がサッカーを始めた頃に行われた1970年のサッカー・ワールドカップ・メキシコ大会。
当時たしか中学一年生だった。
自分にとっては大阪の万国博覧会より、遙かにインパクトが大きく、自分が草サッカーをしていた視点からそれ以降の人生を変えた世界のサッカーとの貴重な出会いだった。
今思い出してもあの大会は、自分がそれ以降見てきた大会に比べて美しい名勝負が多かったし、各々の国に忘れがたき稀代のスーパースターがいたな。
イングランドもボビー・チャールトン、フランシス・リー、66年のイングランド大会決勝、西ドイツのゴールのバーに当たって真下に落ちて入ってないだの入ってるだの未だに物議を醸しているあの「疑惑のゴール」を蹴った、ジェフ・ハースト、そして名キーパー、ゴードン・バンクスがいて、絶頂期だったし、第一回の覇者ウルグアイもまだ健在だった。
たしか中南米予選のエルサルバドルとホンジュラスの試合では判定でもめて、4日間本当に戦争がおきたんだよ。
ブラジルのペレは本当に神さまだったし、華麗なドリブラー、背番号7番ジャイルジーニョ(僕のもっとも好きなプレイヤーだった)や、バナナシュートのフリーキック、11番リベリーノが好きだったな。
我らがカズのフェイントはなんか彼のイメージに重なるんだけどね。
リベリーノは清水エスパルスの監督で数カ月だけ日本に来たけど残念ながらぱっとしなかったから普通のJリーグファンには印象はないかも知れないけど、自分は結構画面に映ると興奮してた。
そうなんだ、1993年の5月15日、J-Leagueの開幕のあの日国立競技場に招待されていた、往年のスターはみな、この大会にでていたひとが多くて、にわか若造サッカーファンやアナウンサーは知らない奴が多かったが、自分は懐かしくて泣きそうになった。ボビー・ムーアもきていたぞ。「強かった時代のイングランド」のキャプテンだった。
準々決勝、イングランドとブラジルの試合で、ブラジルのジャイルジーニョが華麗なドリブルで数人かわして右サイドタッチラインぎりぎりから倒れ込みながら絶妙のセンタリング、これだけで涎がでるが、ファーポストで待ちかまえていたペレのヘディング、これもゴールラインにたたきつける教科書通りの胸のすく強烈なシュート!
誰もが「決まった!」とおもったそのとき、ゴールの反対側にいた、キーパー・名手バンクスが信じられない反射神経の身のこなしで地面すれすれにセービング、その手はペレのボールをゴールからはじき飛ばした。
あまりに信じられないプレーにペレも思わずバンクスをたたえていた。よかったなあ。
しかしゴールシーンよりこの「はずれたシーン」を覚えているとはなんだろう。(爆)
決勝のブラジルはペレの先制ヘッド、トスタオ(トスタン)のミドルシュート、ジャイールが、イタリアのリベロのファケッティに腕を捕れながら蹴りこんだのと、最後は主将、カルロス・アルベルトのミサイルのようなシュートで、イタリアと4-1。
イタリアは準決勝の西ドイツvsイタリア(3-4)の歴史に残る壮絶な延長戦で気力を使い果たしていたようだ。
西ドイツは負けたけど、ミューラーが得点王でデビューした年だったし、あの試合、ベッケンバウワーが肩を脱臼ても三角巾のまま走り、闘将ゼーラーがいたキーパーのマイヤーもよかったなあ。
ああなつかしい。イタリアのリバ、リベラ、マッツォーラ、良かったなあ。
もう30年近く(1997年当時から数えて。今じゃ40年近く前じゃないか(爆))昔のことなのに、すごく印象に残っています。
何もサッカーの記録の本を見ないで書いてるんだぞ。
そしてサッカーの歴史をある意味革命的に変えたオランダの、あのヨハン・クライフがでてくるのはその次の西ドイツ大会。
当時、ミュージカルで、ジーザス・クライスト・スーパースターというのがはやっていたが、スペルが同じで、ヨハン・クライフ・スーパースターというキャッチフレーズが雑誌に出ていたのを思い出します。
その前のイングランド大会は、モザンビークの黒豹といわれた、得点王ポルトガルのエウゼビオがいたな。
彼が所属するベンフィカ・リスボンが日本代表と戦ったとき、ゴールライン上からカーブをかけて日本のゴールをいとも簡単に割ったのは翌日の学校で、同じ事をみんなでやろうとしたものだ。(爆)
東京12チャンネルの、金曜の夜の10時くらいからの、ダイヤモンドサッカーを欠かさず見ていた。
そのころ、協賛が、サッカー協会でなく、日本蹴球協会(しゅうきゅうきょうかい)っていってたんだぜ。
プレミア・リーグとまだ当時は言わなかったイングランドのリーグを一番組は前半だけ、後半は翌週というプログラムだった。
しかもカラーではなく白黒の放送だった。
岡野俊一郎氏(その後サッカー協会の会長、JOCの会長にもなられた)の解説で、金子アナウンサーはよかったなあ。
たぶん、ワールドカップの映像がニュースで紹介されるのではなく、録画とはいえ、放送されたのはこの大会だっとはおもうけど、そのメキシコ大会の、あまり豪華な組み合わせじゃない試合の番組だったとき、葉書を一枚だけ送ったら5名しか当たらなかった手縫いのサッカーボールが当たり、狂喜したな、中学生の時。
自分はいつも性格上、FWしかやらなかった。
いまじゃ死語だけど、「右ウィング」が僕のポジションで、ジャイルジーニョのつもりで、ドリブルで相手を抜き、センタリングしたり、シュートしていた。
しかもよく練習したものだ。早朝に近くの神社の林に行って立ち並ぶ木を相手にドリブルの練習だ。
買い物に行かされるときも住宅街の中をドリブルしながら八百屋や肉屋に行った。
親のつきあいで遠いところにいくのもボールをケースに入れて行ったこともある。
大人の会話は面白くないので、すぐに近所の空き地を探して蹴ったものだ。
このくらいピアノも練習してたら、いまごろは、、、、、(爆)
移植するにあたり加筆しましたし、いつものごとく無駄に長いので、二つの記事に分けます。
*********
自分がサッカーを始めた頃に行われた1970年のサッカー・ワールドカップ・メキシコ大会。
当時たしか中学一年生だった。
自分にとっては大阪の万国博覧会より、遙かにインパクトが大きく、自分が草サッカーをしていた視点からそれ以降の人生を変えた世界のサッカーとの貴重な出会いだった。
今思い出してもあの大会は、自分がそれ以降見てきた大会に比べて美しい名勝負が多かったし、各々の国に忘れがたき稀代のスーパースターがいたな。
イングランドもボビー・チャールトン、フランシス・リー、66年のイングランド大会決勝、西ドイツのゴールのバーに当たって真下に落ちて入ってないだの入ってるだの未だに物議を醸しているあの「疑惑のゴール」を蹴った、ジェフ・ハースト、そして名キーパー、ゴードン・バンクスがいて、絶頂期だったし、第一回の覇者ウルグアイもまだ健在だった。
たしか中南米予選のエルサルバドルとホンジュラスの試合では判定でもめて、4日間本当に戦争がおきたんだよ。
ブラジルのペレは本当に神さまだったし、華麗なドリブラー、背番号7番ジャイルジーニョ(僕のもっとも好きなプレイヤーだった)や、バナナシュートのフリーキック、11番リベリーノが好きだったな。
我らがカズのフェイントはなんか彼のイメージに重なるんだけどね。
リベリーノは清水エスパルスの監督で数カ月だけ日本に来たけど残念ながらぱっとしなかったから普通のJリーグファンには印象はないかも知れないけど、自分は結構画面に映ると興奮してた。
そうなんだ、1993年の5月15日、J-Leagueの開幕のあの日国立競技場に招待されていた、往年のスターはみな、この大会にでていたひとが多くて、にわか若造サッカーファンやアナウンサーは知らない奴が多かったが、自分は懐かしくて泣きそうになった。ボビー・ムーアもきていたぞ。「強かった時代のイングランド」のキャプテンだった。
準々決勝、イングランドとブラジルの試合で、ブラジルのジャイルジーニョが華麗なドリブルで数人かわして右サイドタッチラインぎりぎりから倒れ込みながら絶妙のセンタリング、これだけで涎がでるが、ファーポストで待ちかまえていたペレのヘディング、これもゴールラインにたたきつける教科書通りの胸のすく強烈なシュート!
誰もが「決まった!」とおもったそのとき、ゴールの反対側にいた、キーパー・名手バンクスが信じられない反射神経の身のこなしで地面すれすれにセービング、その手はペレのボールをゴールからはじき飛ばした。
あまりに信じられないプレーにペレも思わずバンクスをたたえていた。よかったなあ。
しかしゴールシーンよりこの「はずれたシーン」を覚えているとはなんだろう。(爆)
決勝のブラジルはペレの先制ヘッド、トスタオ(トスタン)のミドルシュート、ジャイールが、イタリアのリベロのファケッティに腕を捕れながら蹴りこんだのと、最後は主将、カルロス・アルベルトのミサイルのようなシュートで、イタリアと4-1。
イタリアは準決勝の西ドイツvsイタリア(3-4)の歴史に残る壮絶な延長戦で気力を使い果たしていたようだ。
西ドイツは負けたけど、ミューラーが得点王でデビューした年だったし、あの試合、ベッケンバウワーが肩を脱臼ても三角巾のまま走り、闘将ゼーラーがいたキーパーのマイヤーもよかったなあ。
ああなつかしい。イタリアのリバ、リベラ、マッツォーラ、良かったなあ。
もう30年近く(1997年当時から数えて。今じゃ40年近く前じゃないか(爆))昔のことなのに、すごく印象に残っています。
何もサッカーの記録の本を見ないで書いてるんだぞ。
そしてサッカーの歴史をある意味革命的に変えたオランダの、あのヨハン・クライフがでてくるのはその次の西ドイツ大会。
当時、ミュージカルで、ジーザス・クライスト・スーパースターというのがはやっていたが、スペルが同じで、ヨハン・クライフ・スーパースターというキャッチフレーズが雑誌に出ていたのを思い出します。
その前のイングランド大会は、モザンビークの黒豹といわれた、得点王ポルトガルのエウゼビオがいたな。
彼が所属するベンフィカ・リスボンが日本代表と戦ったとき、ゴールライン上からカーブをかけて日本のゴールをいとも簡単に割ったのは翌日の学校で、同じ事をみんなでやろうとしたものだ。(爆)
東京12チャンネルの、金曜の夜の10時くらいからの、ダイヤモンドサッカーを欠かさず見ていた。
そのころ、協賛が、サッカー協会でなく、日本蹴球協会(しゅうきゅうきょうかい)っていってたんだぜ。
プレミア・リーグとまだ当時は言わなかったイングランドのリーグを一番組は前半だけ、後半は翌週というプログラムだった。
しかもカラーではなく白黒の放送だった。
岡野俊一郎氏(その後サッカー協会の会長、JOCの会長にもなられた)の解説で、金子アナウンサーはよかったなあ。
たぶん、ワールドカップの映像がニュースで紹介されるのではなく、録画とはいえ、放送されたのはこの大会だっとはおもうけど、そのメキシコ大会の、あまり豪華な組み合わせじゃない試合の番組だったとき、葉書を一枚だけ送ったら5名しか当たらなかった手縫いのサッカーボールが当たり、狂喜したな、中学生の時。
自分はいつも性格上、FWしかやらなかった。
いまじゃ死語だけど、「右ウィング」が僕のポジションで、ジャイルジーニョのつもりで、ドリブルで相手を抜き、センタリングしたり、シュートしていた。
しかもよく練習したものだ。早朝に近くの神社の林に行って立ち並ぶ木を相手にドリブルの練習だ。
買い物に行かされるときも住宅街の中をドリブルしながら八百屋や肉屋に行った。
親のつきあいで遠いところにいくのもボールをケースに入れて行ったこともある。
大人の会話は面白くないので、すぐに近所の空き地を探して蹴ったものだ。
このくらいピアノも練習してたら、いまごろは、、、、、(爆)

★10月に幕を開ける

