エレベーターの恐怖
2006-06-08
ドアが閉まってないのに動き出し、命を奪った痛ましいエレベーター事故があった。
その会社は世界第二位のエレベーター製造メーカーだという。
外国のメーカーって日本の乾湿の差を想定しないで、自分たちの風土の中で正常に動くものがどこでも通用するとおもってないか。
音楽は世界の共通語だと言うのも大体西洋音楽が普遍的だというところからの発想だ。
音階が12半音でしかできないピアノ。
中東やインドなんか、一オクターブの中にもっと階段の多い音階をもっていたり、その幅が違うのはざらにある。
弦楽器や声楽、ある種の管楽器だったらそれに似たことは西洋の楽器でもできるだろうが、ピアノは無理だ。
しかしながら、ピアノの不器用さ、音楽が世界の共通語であるのは幻想である、ということを書きたくてこの記事を書いたのではない。
(言葉や風土を超えて音楽で人と仲良くなることを否定しているのではなく、盲信するのは愚かだと言いたいだけだ)
しかも、エレベーターのメーカーや管理会社を糾弾するためでもない。
それは当事者の方達が文字通り命をかけてやってらっしゃるに違いないから僕がしなくても大丈夫でしょう。
今日考えたのは、リスク管理の事だ。
その会社は世界第二位のエレベーター製造メーカーだという。
外国のメーカーって日本の乾湿の差を想定しないで、自分たちの風土の中で正常に動くものがどこでも通用するとおもってないか。
音楽は世界の共通語だと言うのも大体西洋音楽が普遍的だというところからの発想だ。
音階が12半音でしかできないピアノ。
中東やインドなんか、一オクターブの中にもっと階段の多い音階をもっていたり、その幅が違うのはざらにある。
弦楽器や声楽、ある種の管楽器だったらそれに似たことは西洋の楽器でもできるだろうが、ピアノは無理だ。
しかしながら、ピアノの不器用さ、音楽が世界の共通語であるのは幻想である、ということを書きたくてこの記事を書いたのではない。
(言葉や風土を超えて音楽で人と仲良くなることを否定しているのではなく、盲信するのは愚かだと言いたいだけだ)
しかも、エレベーターのメーカーや管理会社を糾弾するためでもない。
それは当事者の方達が文字通り命をかけてやってらっしゃるに違いないから僕がしなくても大丈夫でしょう。
今日考えたのは、リスク管理の事だ。
背景が変わると本質まで変わるように見えたりする
2006-04-22
大作曲家の発想を疑うことの重要さ
2006-03-14
パンフレット画廊の記事の一つに紹介してあるとおり作曲家の池辺晋一郎さんとはちょっとしたおつきあいがある。
普段ほとんど音楽雑誌を買わないのだが、先般オーケストラのリハーサルの時に、自分の出番までちょっと待たされていたので練習所に置いてあった雑誌をめくっていたら彼が書いた曲の分析の記事を目にすることとなった。
トークも面白い彼の文章だから面白くない訳はないのだが、その分析方法、それ自体は音楽を少し専門的に知っている人からすると難しく書いてないのだけど、とっても共感したアプローチがあった。
シューベルトのイ長調のソナタの一楽章についてだったのだけど、彼は、シューベルトの発想したメロディーが如何にユニークなものか、「普通ならこういっちゃうだろう」という仮説に基づいて「常識的な」メロディー(池辺氏の本気の創造物ではないよ、もちろん)を作ってみて「比較」をして説明されている。
それを比べたら明らかにシューベルトの「意外性」がすばらしいことが分かるのだ。
メロディーを見て単純に素敵だなと思うことは大事だけど、もしかしたら「他の可能性があったか」と考えながら音楽をする(おもに練習中だけど)ということも大事だと思います。
すごく幼稚な書き方をすれば最初は台詞に「好き」と書いたかも知れないけど、「嫌い」と書き直したことによって変わる状況、それは文法的に反対の意味になったのではなく言葉として伝わる意味が、より強調されたり、演出面で言えばそれを面と向かって言わせるのと後ろを向いて言わせる違い、それを大声で言うのかそうでないのかで状況はいろいろ変わってくるでしょう。
なぞることしかできない人、こう書くと才能の問題に言及しているようで本意ではなく、なぞることしか考えようとしないひと、と書こうかな、そういう人は、それが如何にすばらしい発想であることより、「そう書いてあるからそう弾いただけ」で終わるのだ。
前述のように芝居で言う棒読みというやつだ。
常日頃、レッスンをしていて、作曲家がしくんだ「罠」について、ほとんどの人が「驚くことさえしてない」状態をみうけ、どうしてこんなに面白く書いてあるのにこの人達は「驚きを伴ってここを弾く」ことをしないのだろうとおもっていた。
そして良く言ってみるのだけど、「一度簡単な曲を作曲してみれば?」と薦めるけど、実践してくれる人は皆無(爆)
なぜそういう事が必要だと思うかという、もっとも良いたとえが、女性が美容院に行ったのに、その変化に誰も気づかないと腹をたてることと同じだからだ。
曲のある箇所のすばらしさ、特に「普通なら単純に解決するだろう」というところを「裏切って」脇道にそれるような転調があったとする。
もしかしたら最初の発想は違ったかも知れないが、この「転調」、あるいはこの「進行」が如何にかっちょいいか、理解するのは自分で書いてみた方が、「気づいてもらったとき」の嬉しい気持ちを持つことができると思うのになあ。
料理の隠し味みたいなものだ。
このメロディーが面白いのはこう出来ているからだという「物の見方」を持ち合わせるには、美容院に行くこと、つまりシステムそのものを疑うこと、つまり、音符をなぞるのではなく、それを自分で並べてみる発想、あるいは前後関係からその表情が求めている物を推理するというものが大事なんだろうなと思うのです。
といいながら、女性の髪の毛は美容院に行ったあとも前もわからないんだけど(爆)、なるべく譜面の機微を読み取るようには鋭意努力して観察しているのです。(汗)
あ、女性についてわからないのは、譜面ほどじっと見つめてないからだ。
だってじろじろみたら怒られそうで怖いし。
まあ髪の毛なんかより綺麗な脚を観る方が人生楽しいから(爆)
普段ほとんど音楽雑誌を買わないのだが、先般オーケストラのリハーサルの時に、自分の出番までちょっと待たされていたので練習所に置いてあった雑誌をめくっていたら彼が書いた曲の分析の記事を目にすることとなった。
トークも面白い彼の文章だから面白くない訳はないのだが、その分析方法、それ自体は音楽を少し専門的に知っている人からすると難しく書いてないのだけど、とっても共感したアプローチがあった。
シューベルトのイ長調のソナタの一楽章についてだったのだけど、彼は、シューベルトの発想したメロディーが如何にユニークなものか、「普通ならこういっちゃうだろう」という仮説に基づいて「常識的な」メロディー(池辺氏の本気の創造物ではないよ、もちろん)を作ってみて「比較」をして説明されている。
それを比べたら明らかにシューベルトの「意外性」がすばらしいことが分かるのだ。
メロディーを見て単純に素敵だなと思うことは大事だけど、もしかしたら「他の可能性があったか」と考えながら音楽をする(おもに練習中だけど)ということも大事だと思います。
すごく幼稚な書き方をすれば最初は台詞に「好き」と書いたかも知れないけど、「嫌い」と書き直したことによって変わる状況、それは文法的に反対の意味になったのではなく言葉として伝わる意味が、より強調されたり、演出面で言えばそれを面と向かって言わせるのと後ろを向いて言わせる違い、それを大声で言うのかそうでないのかで状況はいろいろ変わってくるでしょう。
なぞることしかできない人、こう書くと才能の問題に言及しているようで本意ではなく、なぞることしか考えようとしないひと、と書こうかな、そういう人は、それが如何にすばらしい発想であることより、「そう書いてあるからそう弾いただけ」で終わるのだ。
前述のように芝居で言う棒読みというやつだ。
常日頃、レッスンをしていて、作曲家がしくんだ「罠」について、ほとんどの人が「驚くことさえしてない」状態をみうけ、どうしてこんなに面白く書いてあるのにこの人達は「驚きを伴ってここを弾く」ことをしないのだろうとおもっていた。
そして良く言ってみるのだけど、「一度簡単な曲を作曲してみれば?」と薦めるけど、実践してくれる人は皆無(爆)
なぜそういう事が必要だと思うかという、もっとも良いたとえが、女性が美容院に行ったのに、その変化に誰も気づかないと腹をたてることと同じだからだ。
曲のある箇所のすばらしさ、特に「普通なら単純に解決するだろう」というところを「裏切って」脇道にそれるような転調があったとする。
もしかしたら最初の発想は違ったかも知れないが、この「転調」、あるいはこの「進行」が如何にかっちょいいか、理解するのは自分で書いてみた方が、「気づいてもらったとき」の嬉しい気持ちを持つことができると思うのになあ。
料理の隠し味みたいなものだ。
このメロディーが面白いのはこう出来ているからだという「物の見方」を持ち合わせるには、美容院に行くこと、つまりシステムそのものを疑うこと、つまり、音符をなぞるのではなく、それを自分で並べてみる発想、あるいは前後関係からその表情が求めている物を推理するというものが大事なんだろうなと思うのです。
といいながら、女性の髪の毛は美容院に行ったあとも前もわからないんだけど(爆)、なるべく譜面の機微を読み取るようには鋭意努力して観察しているのです。(汗)
あ、女性についてわからないのは、譜面ほどじっと見つめてないからだ。
だってじろじろみたら怒られそうで怖いし。
まあ髪の毛なんかより綺麗な脚を観る方が人生楽しいから(爆)
電子譜面台
2006-03-03
電子譜面台のニュースについて、知り合いのいぬちゃんのブログhttp://blog.livedoor.jp/inuchan_diary/archives/50351410.html
にも取り上げられてコメントしたけど、その手間を予算にしたら普通の譜面でひく方が明らかに安く上がるから普及はしないだろうね。
ニュースで様々な利点と問題点が挙げられていてそれはすべて納得するけど、もう一つ、指揮者によって使う譜面が違ったりするわけで、「一つの曲には一種類の譜面しかない」わけではないことが著作権の問題と共に、データをリリースする際に問われることになるだろう。
でも、譜めくりの度に弦楽器の半分が弾かなくなるという何百年の問題について一つの解決策を出したということ、そして指揮者が口頭でなく、指揮台で書き込みをしたことがパート譜にリアルタイムに反映するというのは評価に値するけど、いぬちゃんのブログにコメントしたとおり、「持って帰ること」を前提としてない初見の仕事の時しか威力を発揮出来ないと思う。
家ではプリントアウトして練習するなら意味無いもの(爆)
にも取り上げられてコメントしたけど、その手間を予算にしたら普通の譜面でひく方が明らかに安く上がるから普及はしないだろうね。
ニュースで様々な利点と問題点が挙げられていてそれはすべて納得するけど、もう一つ、指揮者によって使う譜面が違ったりするわけで、「一つの曲には一種類の譜面しかない」わけではないことが著作権の問題と共に、データをリリースする際に問われることになるだろう。
でも、譜めくりの度に弦楽器の半分が弾かなくなるという何百年の問題について一つの解決策を出したということ、そして指揮者が口頭でなく、指揮台で書き込みをしたことがパート譜にリアルタイムに反映するというのは評価に値するけど、いぬちゃんのブログにコメントしたとおり、「持って帰ること」を前提としてない初見の仕事の時しか威力を発揮出来ないと思う。
家ではプリントアウトして練習するなら意味無いもの(爆)
ラストテーマ
2006-02-23
みなさんは、映画を見終わったとき俳優の名前が流れ始めたらすぐに席を立つ派ですか、それが終わるまで座っている派でしょうか。
こういう場面で流れている音楽をラストテーマというかどうか知らないのだけど、自分がある芝居の音楽を書いたとき、劇中で流れている音楽に比べ、客席の灯りが点いて客が外に出て行く時間を想定しているから「最後の音楽」は実に時間を長く書かなければなりませんでした。
でもそこで腕の見せ所というか、各場面で流れた音楽をミックスしたり、音楽的に「自己紹介」しかできなかったような劇中の音楽は時間があれば「展開」していくことが可能だったりします。
つまりある意味一番「力を入れて書いた音楽」が芝居が終わったあとの音楽だったりするのです。
自分も書いた当初はその規模に手応えを感じ、「一番聴いて欲しい音楽」として本番、客席の上の調整室から「どういう反応だろう」と客席を見ていたら、作曲者の期待とは裏腹に、あっという間に人がいなくなりました。(爆)
そうだよな、映画と違ってテロップも流れないし、映画ならそれを見せるためにまだ音楽がなっている間は暗いのに比べて、芝居だとあっという間に明るくなるし、もともと「客出しの音楽」というつもりで書いているんだし、やっぱり芝居は「終わった」のだからもう客席には誰も用がないわけですな。
これがミュージカルのようにオーケストラ・ピットで生演奏していたら、中には覗き込んで拍手をしてくれる人がいたりするけど、録音って振り向いてもらう力がこういう場合実に弱いのです。
中には映画館のように数人耳を傾けてくれる人もいるかも知れないという期待は打ち砕かれ、無人の客席に最高潮に盛り上がった場面が虚しく鳴り響いているのを確認し、自分のかけた苦労と実際の受け取られ方の違いにすごくショックを感じ、それ以来映画を観るときは最後まで聴くことにしています。(爆)
そうするとやはり音楽的な盛り上がり方が本編のなかではなかったテンションだったりするし、本編では聴けない展開もあります。
でもなかには、最初の録音で予想された長さからテロップの数が伸びてしまい。一旦終わってからまたちがうメロディーでたぶん後から録音したのかなという風にも思える「続編」が続いたりして、内情を想像したりもします。
でも実際は作曲家に悪いけどおしっこしたくて終わるやいなやトイレに駆け込み、そしてすっきりしてまた客席に戻ったりもしていますが。(爆)
こういう場面で流れている音楽をラストテーマというかどうか知らないのだけど、自分がある芝居の音楽を書いたとき、劇中で流れている音楽に比べ、客席の灯りが点いて客が外に出て行く時間を想定しているから「最後の音楽」は実に時間を長く書かなければなりませんでした。
でもそこで腕の見せ所というか、各場面で流れた音楽をミックスしたり、音楽的に「自己紹介」しかできなかったような劇中の音楽は時間があれば「展開」していくことが可能だったりします。
つまりある意味一番「力を入れて書いた音楽」が芝居が終わったあとの音楽だったりするのです。
自分も書いた当初はその規模に手応えを感じ、「一番聴いて欲しい音楽」として本番、客席の上の調整室から「どういう反応だろう」と客席を見ていたら、作曲者の期待とは裏腹に、あっという間に人がいなくなりました。(爆)
そうだよな、映画と違ってテロップも流れないし、映画ならそれを見せるためにまだ音楽がなっている間は暗いのに比べて、芝居だとあっという間に明るくなるし、もともと「客出しの音楽」というつもりで書いているんだし、やっぱり芝居は「終わった」のだからもう客席には誰も用がないわけですな。
これがミュージカルのようにオーケストラ・ピットで生演奏していたら、中には覗き込んで拍手をしてくれる人がいたりするけど、録音って振り向いてもらう力がこういう場合実に弱いのです。
中には映画館のように数人耳を傾けてくれる人もいるかも知れないという期待は打ち砕かれ、無人の客席に最高潮に盛り上がった場面が虚しく鳴り響いているのを確認し、自分のかけた苦労と実際の受け取られ方の違いにすごくショックを感じ、それ以来映画を観るときは最後まで聴くことにしています。(爆)
そうするとやはり音楽的な盛り上がり方が本編のなかではなかったテンションだったりするし、本編では聴けない展開もあります。
でもなかには、最初の録音で予想された長さからテロップの数が伸びてしまい。一旦終わってからまたちがうメロディーでたぶん後から録音したのかなという風にも思える「続編」が続いたりして、内情を想像したりもします。
でも実際は作曲家に悪いけどおしっこしたくて終わるやいなやトイレに駆け込み、そしてすっきりしてまた客席に戻ったりもしていますが。(爆)
俺の師匠は泥酔したおぢさんだった
2006-02-15
音楽をする「動機」については、人それぞれだろう。
音楽を通じて、他人を楽しませたいというサービス精神旺盛な人、
鳥や昆虫や様々な動物が異性に対して、人間には歌やダンスに見える行為をすることになぞらえて、自分をアピールする為にやっているひと、
そういうファンタジーはもちつつも、音楽をすることが生活の手段であること、
単純に、好きな音楽に出会うのが聴くだけではなく弾くことの方が面白い人。
動機は一つではないしはっきり分類することもできないわけだが、その動機は演奏(作曲)行為を産み、そこには他人(聴衆・共演者)との関わりがでてくる。
そこで、他人の何かしらのリアクションが自分を変えていく。
それは期待した通りのものもあるだろうし、ときに思ったようには通じて無くてへこまされることもあろう。
それは本当に気に入らないという意思表明もあれば、向こうは褒めているのにこっちにはお門違いということもある。
良くも悪くも、期待した以上(以外)の事が他人の心の中では起きているわけで、それを表明されることにより、演奏することにおいて他人とのかかわりが如何にその動機に関して重要であるかということに気づいていく。
その他人とは最初は指導を受けている先生や家族・友人であろうし、そのうち、共演者や見知らぬ聴衆から様々な洗礼を受ける。
そのなかで受けた忘れられない言葉というのがいくつかある。
そんなのをつづろうとしているのはこの記事をなんか回想録にして年寄りぶろうとしているのではない。
僕はどうもエリック・サティを気取る訳じゃないが、普通の人が崇高に思う場所ではないところで「神(天?仏?)の声」に出会うチャンスが多い様な気がして、最近数人の若い友人と、話題はそれぞれ違うのだが、自分への暖かい評価を聴くにつけ、そのありがたい評価の出発点がどこにあったか思い出したので書いてみる(爆)。
学生時代、「仕事」として最初にした音楽活動は、東京の日本橋にあったパブで弾くことだった。
その場所は広い店で響きも良く、この写真はコンサートをやらせてもらったときのもの(若い!)で普段のレイアウトではないけれども向こう側に見えるスペースと同じくらい手前にも空間があった。
しかしそういう場所なのに映画音楽や当時大変に流行っていたリチャード・クレイダーマンなどは弾かずに、ショパンやシューベルト、時にはラヴェルやスクリアビン(爆)、つまりある意味場違いな音楽を弾いていたわけだ。
ある日演奏の休憩中トイレに行ったら、泥酔してふらふらした中年の会社員と遭遇した。
その日は珍しく、友人(現在は作曲家として有名な中川俊郎)とシューベルトの連弾を弾いていたような記憶がある。
僕をみて「あ、おまえらはピアノを弾いているやつだな、、、、、いいぞ、いいぞ」と眼がすわりながら褒めてもらったので、
「ちょっと場違いかなと思うけどそれしかできないのです。すみません。快く思わない方もいらっしゃるとは思うのですが、クラシック音楽がお好きなんですか?」と訊いてみた。
まるで「仕事慣れしてない若造」の台詞だね(爆)
実際店のスタッフや客からは、そういう曲を弾くことに快く思われないこともあったのだけど、僕を使ったオーナーはそういう僕がどういう風に仕事をするか見るのを楽しんでいたので、成り立っていたのです。
そうしたら、
「いいや、おれは都はるみが好きだ。クラシックなんか聴かない。でもお前らは自分の好きな音楽を好きそうに弾くから酒が旨い。普通こういうところでは、綺麗なねえちゃんが弾いているものだがこんな感じを受けたことは一度もねえ、なんだかよくわからんが、おまえらはそれでいいのだ、それで行け、この野郎、分かるか!」
とか細かいレトリックは忘れたがそういう事を言われた。
つれしょん状態が終わり、振り返ることもなく彼はまたふらふらと店に戻っていった。
ただの酔客の戯言と言えばそれまでだが、まだ何も「これからどうする」とか自分のやっていることに自信も確信もなかったし、それまでは「自分がどう弾けたか」ということ、あるいは綺麗な女性の聴き手がどう思ったかくらいしか(爆)興味がなかった若造は、それこそ、天啓に打たれたような気になって、友人としばしトイレで立ちつくしたのを覚えている。
これはその時までどんな偉い人にお褒めのお言葉を頂いたときよりも衝撃的だった(爆)
その後、だんだん余裕がでてきて演奏だけに集中しないで、周りの空気をみることができたある日、そう、時期的に今頃の寒い頃、いつも聴きに来て下さる老紳士のテーブルが視界に入った。
びっくりした。もうテーブルには酒もつまみもない。
しかもいつも若い女性を数人連れていらっしゃるのだが、全員コートを着て丸いテーブルの中心を見つめている。
何をしているんだろう、もしかして、俺の演奏を聴いてる?
そう、コンサートじゃないから最初はざわざわしたなかで弾くことに慣れなかった。
自分は、「演奏すること」は「聴いてもらうこと」だと疑っていなかったので、BGMでいることなんか誰にも習えるものじゃないだろう。
でも「なにもせず終わる」のは嫌だと思う性格だから(爆)、ステージの最後あたりは滅茶苦茶速い曲で「脅かす(爆)」とそれまで会話に熱中していた人たちも拍手をしてくれることを覚えた。
でも誰も聴いていないと思っていたときに、会計を済ました人たちがコートを着たまま沈黙して聴いているのを確認したときは、それまでBGMだという気分で弾いていたのが一変したというか、自分に関心をもってもらっていることに一種の武者震いみたいなのが起きて、かなり積極的に演奏してみた。
その老紳士は決して馴れ馴れしく話しかけてくるタイプの人ではなかったけど、いつも他のお客さんとは違って、「盛り上がる為に来る」というより「静かにそこにいる」というタイプだったが、曲が終わると綺麗な女性達と静かに店を出て行った。
この日は独りで弾いていたけど、その瞬間はまたもやシューベルトだった気がする。
これがジャズだったらまるで北方謙三さんの小説の様だ(爆)が本当の話だ。
この場所で学んだことは、「誰も聴衆は自分の演奏なんかに期待してない」というのが舞台に出る自分の出発点になったことだ。
女と同じで、こっちから口説かないと心を開いてはくれないものなのだ。
たまに学校などにいって体育館で弾くときがある。
子供だから開演前うるさい。
その喧噪の中体育の先生が静寂を作ろうと怒鳴りまくる。
いつも後で言うのだが、黙らせるのは演奏家の責任であって、黙らせられなければ生徒が悪いのではなくこっちが悪いのです、と言う。
100%の子供が関心を持ってくれないのはしょうがないし、同じ声を出すなら面白がって声を出すならそれは妨害ではないだろう。
自分は最初にああいう場所で弾いたことが、自分とさまざまな聴衆との関わり方の基礎をはぐくんだのだと思う。
どうも演奏する側も聴く側もお行儀があまり良すぎる方が苦手になってしまっている(爆)。
また長くなってしまった。
忘れられない聴衆の言葉としてはまだネタがあるが、それはまた別の機会に。
酔客、しかも普段クラシック音楽に触れる機会のないようなおじさんといえば、2005年の10月に訪れた長野県の伊那でのコンサートもある意味、今日回想した状況を思い出させるものだった。
もちろん数え切れないしらふの女性達や男性達の聴衆にも育てられ、助けられて来たのだけど(m(_ _)m)、つくづく、天の声とは意外なところで出会うものだと思うのです。
音楽を通じて、他人を楽しませたいというサービス精神旺盛な人、
鳥や昆虫や様々な動物が異性に対して、人間には歌やダンスに見える行為をすることになぞらえて、自分をアピールする為にやっているひと、
そういうファンタジーはもちつつも、音楽をすることが生活の手段であること、
単純に、好きな音楽に出会うのが聴くだけではなく弾くことの方が面白い人。
動機は一つではないしはっきり分類することもできないわけだが、その動機は演奏(作曲)行為を産み、そこには他人(聴衆・共演者)との関わりがでてくる。
そこで、他人の何かしらのリアクションが自分を変えていく。
それは期待した通りのものもあるだろうし、ときに思ったようには通じて無くてへこまされることもあろう。
それは本当に気に入らないという意思表明もあれば、向こうは褒めているのにこっちにはお門違いということもある。
良くも悪くも、期待した以上(以外)の事が他人の心の中では起きているわけで、それを表明されることにより、演奏することにおいて他人とのかかわりが如何にその動機に関して重要であるかということに気づいていく。
その他人とは最初は指導を受けている先生や家族・友人であろうし、そのうち、共演者や見知らぬ聴衆から様々な洗礼を受ける。
そのなかで受けた忘れられない言葉というのがいくつかある。
そんなのをつづろうとしているのはこの記事をなんか回想録にして年寄りぶろうとしているのではない。
僕はどうもエリック・サティを気取る訳じゃないが、普通の人が崇高に思う場所ではないところで「神(天?仏?)の声」に出会うチャンスが多い様な気がして、最近数人の若い友人と、話題はそれぞれ違うのだが、自分への暖かい評価を聴くにつけ、そのありがたい評価の出発点がどこにあったか思い出したので書いてみる(爆)。
学生時代、「仕事」として最初にした音楽活動は、東京の日本橋にあったパブで弾くことだった。その場所は広い店で響きも良く、この写真はコンサートをやらせてもらったときのもの(若い!)で普段のレイアウトではないけれども向こう側に見えるスペースと同じくらい手前にも空間があった。
しかしそういう場所なのに映画音楽や当時大変に流行っていたリチャード・クレイダーマンなどは弾かずに、ショパンやシューベルト、時にはラヴェルやスクリアビン(爆)、つまりある意味場違いな音楽を弾いていたわけだ。
ある日演奏の休憩中トイレに行ったら、泥酔してふらふらした中年の会社員と遭遇した。
その日は珍しく、友人(現在は作曲家として有名な中川俊郎)とシューベルトの連弾を弾いていたような記憶がある。
僕をみて「あ、おまえらはピアノを弾いているやつだな、、、、、いいぞ、いいぞ」と眼がすわりながら褒めてもらったので、
「ちょっと場違いかなと思うけどそれしかできないのです。すみません。快く思わない方もいらっしゃるとは思うのですが、クラシック音楽がお好きなんですか?」と訊いてみた。
まるで「仕事慣れしてない若造」の台詞だね(爆)
実際店のスタッフや客からは、そういう曲を弾くことに快く思われないこともあったのだけど、僕を使ったオーナーはそういう僕がどういう風に仕事をするか見るのを楽しんでいたので、成り立っていたのです。
そうしたら、
「いいや、おれは都はるみが好きだ。クラシックなんか聴かない。でもお前らは自分の好きな音楽を好きそうに弾くから酒が旨い。普通こういうところでは、綺麗なねえちゃんが弾いているものだがこんな感じを受けたことは一度もねえ、なんだかよくわからんが、おまえらはそれでいいのだ、それで行け、この野郎、分かるか!」
とか細かいレトリックは忘れたがそういう事を言われた。
つれしょん状態が終わり、振り返ることもなく彼はまたふらふらと店に戻っていった。
ただの酔客の戯言と言えばそれまでだが、まだ何も「これからどうする」とか自分のやっていることに自信も確信もなかったし、それまでは「自分がどう弾けたか」ということ、あるいは綺麗な女性の聴き手がどう思ったかくらいしか(爆)興味がなかった若造は、それこそ、天啓に打たれたような気になって、友人としばしトイレで立ちつくしたのを覚えている。
これはその時までどんな偉い人にお褒めのお言葉を頂いたときよりも衝撃的だった(爆)
その後、だんだん余裕がでてきて演奏だけに集中しないで、周りの空気をみることができたある日、そう、時期的に今頃の寒い頃、いつも聴きに来て下さる老紳士のテーブルが視界に入った。
びっくりした。もうテーブルには酒もつまみもない。
しかもいつも若い女性を数人連れていらっしゃるのだが、全員コートを着て丸いテーブルの中心を見つめている。
何をしているんだろう、もしかして、俺の演奏を聴いてる?
そう、コンサートじゃないから最初はざわざわしたなかで弾くことに慣れなかった。
自分は、「演奏すること」は「聴いてもらうこと」だと疑っていなかったので、BGMでいることなんか誰にも習えるものじゃないだろう。
でも「なにもせず終わる」のは嫌だと思う性格だから(爆)、ステージの最後あたりは滅茶苦茶速い曲で「脅かす(爆)」とそれまで会話に熱中していた人たちも拍手をしてくれることを覚えた。
でも誰も聴いていないと思っていたときに、会計を済ました人たちがコートを着たまま沈黙して聴いているのを確認したときは、それまでBGMだという気分で弾いていたのが一変したというか、自分に関心をもってもらっていることに一種の武者震いみたいなのが起きて、かなり積極的に演奏してみた。
その老紳士は決して馴れ馴れしく話しかけてくるタイプの人ではなかったけど、いつも他のお客さんとは違って、「盛り上がる為に来る」というより「静かにそこにいる」というタイプだったが、曲が終わると綺麗な女性達と静かに店を出て行った。
この日は独りで弾いていたけど、その瞬間はまたもやシューベルトだった気がする。
これがジャズだったらまるで北方謙三さんの小説の様だ(爆)が本当の話だ。
この場所で学んだことは、「誰も聴衆は自分の演奏なんかに期待してない」というのが舞台に出る自分の出発点になったことだ。
女と同じで、こっちから口説かないと心を開いてはくれないものなのだ。
たまに学校などにいって体育館で弾くときがある。
子供だから開演前うるさい。
その喧噪の中体育の先生が静寂を作ろうと怒鳴りまくる。
いつも後で言うのだが、黙らせるのは演奏家の責任であって、黙らせられなければ生徒が悪いのではなくこっちが悪いのです、と言う。
100%の子供が関心を持ってくれないのはしょうがないし、同じ声を出すなら面白がって声を出すならそれは妨害ではないだろう。
自分は最初にああいう場所で弾いたことが、自分とさまざまな聴衆との関わり方の基礎をはぐくんだのだと思う。
どうも演奏する側も聴く側もお行儀があまり良すぎる方が苦手になってしまっている(爆)。
また長くなってしまった。
忘れられない聴衆の言葉としてはまだネタがあるが、それはまた別の機会に。
酔客、しかも普段クラシック音楽に触れる機会のないようなおじさんといえば、2005年の10月に訪れた長野県の伊那でのコンサートもある意味、今日回想した状況を思い出させるものだった。
もちろん数え切れないしらふの女性達や男性達の聴衆にも育てられ、助けられて来たのだけど(m(_ _)m)、つくづく、天の声とは意外なところで出会うものだと思うのです。
成功の意味
2006-01-26
2002年11月、メジャーリーグの選手たちと一緒に来日したイチロー選手が、インタビューで、その翌年からメジャーに渡る当時巨人の松井選手へのメッセージとして、
「客観的な成功ではなく、自分で設定した成功というものを目指して頑張って欲しい」
というようなことを述べていたのが印象的だった。
(細かいレトリックはどうだったか忘れたが、「成功」というものは曖昧なものなので、そんなものは目指さなくてもよいという言い方をしていたかもしれぬ、。)
これは、想像を絶するプレッシャーのかかる立場の人のみが言いうることであり、自分のような一般人にとっては、自分の仕事の結果について「言い逃れ」に利用することもできる表現なのだが、これからメジャーリーグに挑戦する松井選手に対して、「あの」イチロー選手ならではの、とても示唆に富む暖かい言葉だと思った。
演奏に対する「評価」、「成功」の基準は、多くの場合、聴いた人の反応、動員の数にて認識されるだろう。
客観的な評価をないがしろにするわけではないが、「独りよがり」というレヴェルではなく(この判断基準には客観性という言葉を当てはめるのが極めて難しい)、「自分が音楽に向かい合っている状態でのみ、感じる達成感」とか、確信というものも、客による評価の判断の前に、演奏家自身が自問自答し、次の自分のモチヴェーションの醸成にはとても必要なものだ。
ある意味そこは「アマチュア」の純粋さの部分かも知れず、誤解を恐れず書けば、逆にプロは超一流のアマチュアで無ければいけないところなのだろう。
客が喜んでも、なにか自分が虚しいこともあるし、客が期待したよりは無反応であっても、実に自分としては確信を持つこともある。
いったい、「何を伝え」「何を評価基準にするか」ということ。
このことが如何に人それぞれに違う価値観を持ち、自分の中でも常に即答できるようなものではないことは若い頃から思ってきた。
自分で求めているものが共演者とあわなかったり、聴衆の求めているもの、クライアントの求めているものと乖離したりすることはどんな小さい仕事でも覚悟しなきゃいけない。
反面、じゃ、物わかりを良く相手の希望にのみ添っていくやり方が仕事なんだと思っても、できることとできないことは技術的にも生理的にもある。
自分で全く望んでいない弾き方(趣味の合わない指揮者や演奏者との共演、あるいは神経を逆なでするような劣悪な作品や、演奏家に愛情のかけらも持ってないプロデューサー)をして、客にこいつはこういう趣味なんだと思われるのも悔しいがにっちもさっちも行かない状況に追い込まれるのは演奏家として常に出合うリスクである。
客に伝える前に、自分が音楽に対して誠意をもって向かい合っているか自問自答することは、やはり「仕事」で音楽をする場合、つまり自分で自分の為に弾くのではなく、「他者に聴かせる(聴かせたい、というニュアンスとはこの場合は根っこは同じであっても少々違う)こと」を前提としている場合、言葉で述べるほど、簡単ではないが、忘れてはいけないことだと思う。
その意識の変化は演奏家自身にしか感じない些細なもの(あるいは、客にはそのオーラが滲み出てきて伝わるのかもしれないが)だが、とても大事なことだと思う。
その先に、結果が「成功」なのか「失敗」なのかの判断基準が生まれてくると思うのだ。
でもここまで書いて思った。
こういう論旨こそ、素人っぽいとも言えるな(爆)
ある水準を保ちながらとにかく目の前に来るオファーを「こなす」のがプロでもあるからね。
いちいち情緒を必要以上に感じて自問自答してもそれは勝手だが結果しかだれも望んではいないとも言えるわけだ。
何を書いているか分からなくなったので寝よう。
「客観的な成功ではなく、自分で設定した成功というものを目指して頑張って欲しい」
というようなことを述べていたのが印象的だった。
(細かいレトリックはどうだったか忘れたが、「成功」というものは曖昧なものなので、そんなものは目指さなくてもよいという言い方をしていたかもしれぬ、。)
これは、想像を絶するプレッシャーのかかる立場の人のみが言いうることであり、自分のような一般人にとっては、自分の仕事の結果について「言い逃れ」に利用することもできる表現なのだが、これからメジャーリーグに挑戦する松井選手に対して、「あの」イチロー選手ならではの、とても示唆に富む暖かい言葉だと思った。
演奏に対する「評価」、「成功」の基準は、多くの場合、聴いた人の反応、動員の数にて認識されるだろう。
客観的な評価をないがしろにするわけではないが、「独りよがり」というレヴェルではなく(この判断基準には客観性という言葉を当てはめるのが極めて難しい)、「自分が音楽に向かい合っている状態でのみ、感じる達成感」とか、確信というものも、客による評価の判断の前に、演奏家自身が自問自答し、次の自分のモチヴェーションの醸成にはとても必要なものだ。
ある意味そこは「アマチュア」の純粋さの部分かも知れず、誤解を恐れず書けば、逆にプロは超一流のアマチュアで無ければいけないところなのだろう。
客が喜んでも、なにか自分が虚しいこともあるし、客が期待したよりは無反応であっても、実に自分としては確信を持つこともある。
いったい、「何を伝え」「何を評価基準にするか」ということ。
このことが如何に人それぞれに違う価値観を持ち、自分の中でも常に即答できるようなものではないことは若い頃から思ってきた。
自分で求めているものが共演者とあわなかったり、聴衆の求めているもの、クライアントの求めているものと乖離したりすることはどんな小さい仕事でも覚悟しなきゃいけない。
反面、じゃ、物わかりを良く相手の希望にのみ添っていくやり方が仕事なんだと思っても、できることとできないことは技術的にも生理的にもある。
自分で全く望んでいない弾き方(趣味の合わない指揮者や演奏者との共演、あるいは神経を逆なでするような劣悪な作品や、演奏家に愛情のかけらも持ってないプロデューサー)をして、客にこいつはこういう趣味なんだと思われるのも悔しいがにっちもさっちも行かない状況に追い込まれるのは演奏家として常に出合うリスクである。
客に伝える前に、自分が音楽に対して誠意をもって向かい合っているか自問自答することは、やはり「仕事」で音楽をする場合、つまり自分で自分の為に弾くのではなく、「他者に聴かせる(聴かせたい、というニュアンスとはこの場合は根っこは同じであっても少々違う)こと」を前提としている場合、言葉で述べるほど、簡単ではないが、忘れてはいけないことだと思う。
その意識の変化は演奏家自身にしか感じない些細なもの(あるいは、客にはそのオーラが滲み出てきて伝わるのかもしれないが)だが、とても大事なことだと思う。
その先に、結果が「成功」なのか「失敗」なのかの判断基準が生まれてくると思うのだ。
でもここまで書いて思った。
こういう論旨こそ、素人っぽいとも言えるな(爆)
ある水準を保ちながらとにかく目の前に来るオファーを「こなす」のがプロでもあるからね。
いちいち情緒を必要以上に感じて自問自答してもそれは勝手だが結果しかだれも望んではいないとも言えるわけだ。
何を書いているか分からなくなったので寝よう。
死について、すなわち生について
2006-01-24
この記事は1999年01月14日にブログ開設前の自分のWebsiteの別ページに記述した記事を、ちょっと加筆してこちらに移植しました。
******
これほど「死」に直面した一年はなかったかもしれない。
この問題については書き出したら途方もなくなりそうなのだが、自分の父の死に遭遇していたのだ。一月の終わりだった。
初めて目の前で人の死ぬのをみた。
しかしそれはクモ膜下出血による突然のことであったが、自分の父親の死としては、なかなか感銘をうけた。
変な書き方だが、まさにpoco a poco diminuendoしながら、生きている炎が消えていくのを観るのも不思議な気持ちだったが、それまで意識不明で「生きていたとき」の決して「楽そうに見えない表情」よりも亡くなったその後のあの平安な顔の表情が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
それもよりによって当時の俺がめったにしない作曲(今じゃお蔵になった劇音楽作品、絶対にそのうち別の作品として復活させる。)をしている時期で父の最期の直前まで顔をみながら音を探していたので、ある曲がその情景がいっしょにすりこまれてしまい、自分で演奏しながらどうしても父の最期を思い浮かべるようになってしまった。
その後、春になって信じがたいことだが、近しい縁故者の四歳の長男が交通事故にあった。
可愛い盛りなのにそれはそれは、歳をとった人間の死に立ち会うのとはまたかけはなれた悲しみだった。
ご両親の苦悩とその廻りの人たちに対して、この饒舌な俺がなにも言葉がでなかった、、、
毎日ニュースで子供が事故にあうことを見聞きはしていたが、当事者になるとこれは書きあらわせないものがある。
どうしてこうも続くのかと思っていたら夏に叔父が亡くなった。
癌だった。
とても好きな叔父で決して高齢ではなかったのでトリプルパンチはかなりのダメージがあった。
けっこう訃報になれていない俺は無気力になりそうになるくらい、きつかった。
俺は厄年だからそのせいかなと自分を責めてもなにもかわらない。
そして同じ時期、親友の母も逝ってしまったし、別の親友の父もつい先ごろの元旦に亡くなったそうだ。
ふたりとも僕らが共演をするときは必ずほほえみをもって聴いてくれたひとだ。
そういう年令になったのか、と割り切るには今年はパンチを受け過ぎだ。
近しい人の「死」にでくわすと、逆に普段は忘れているかもしれない自分の「生」について深く考えざるをえなくなる。
(98/12)の半ばに行われた、チャリティーコンサートの主宰者の大塚禮子さんが年末に突然亡くなってしまった。
なんということだ。当日お会いしたときは「私は不滅よ」といっていたじゃないか。
コンサートの翌日新聞にもとりあげられたが、みずからが癌にかかったこと、そして克服したことで決意をもち、その病気を撲滅するために始めたシリーズのコンサートだった。
今年の秋、ちょうど、ミュージカル「ローマの休日」の東京公演のころ、ひさしぶりに12月にチャリティーコンサートをするからその打ち合わせをしたいということで、ある夜、御夫婦とその姪の秘書と四人で食事をした。
いつもの調子で馬鹿話で盛り上がったときには元気だったのに、11月に突然再発し、コンサートにはこれないかもしれないと秘書には言われていたのだ。
(俺とはすでに知り合っていたが、俺が演奏していたことは彼女は築かず偶然ミュージカル「蜘蛛女のキス」を観にきて、もう凄い感動を覚えた話を後に聴かされたとか、だいたい92年のカザルスホールでのモンポウナイトのリサイタルにも俺が一人で弾いていることを知らないで来て眼をまん丸にして楽屋にくるような人だった)
ドクターストップがかかっていたのに無理をして車椅子でホールに来て、涙ぐみながら癌研に目録を渡した。
舞台に出る直前、ずいぶん痩せたな、とはおもったけど、「寅(自分の事をフーテンの寅になぞらえてよく話をしていたから)が来たからもう大丈夫だぜ!」と舞台袖で声をかけ、酸素を吸入しながら車椅子に座ったまま俺の手をにぎったときにいくつかかわした会話のあと、自分としては、いつもの数倍プレッシャーを感じてステージに一人ででていった。
病院にすぐにもどらなければならないのに、俺がピアノに座ったときの視線の延長線上に車椅子に座った彼女が見えた。
通常独奏だし、やはり演奏会の最初はとても緊張しているものだけど、あがっている余裕さえなく、お客さんがやたら盛り上げてくれたのでそのうち熱中したので、彼女がいついなくなったかわからなかったが、数曲は聴いてもらえたそうだ。
そして12/27の夜、仕事からの帰り、駅から自宅までの自転車にのりながら彼女が亡くなったという連絡を受けた。
携帯電話を持ちながら思わず天を仰いだ。いつもより星がはっきりみえた。
あの演奏が、「ある人の生涯の最後に聴かせた『生』演奏」だったとすると、なんかとても重いものを感じる。
と言うか、自分の人生に照らし合わせても一回一回の本番で自分が発信する音楽のメッセージがその人の人生になんらかの「意味」を与えられていたのか、とおもうととても恐くもなる。
普段演奏する時に「自分がどう思われるか」とか、「上手くなりたい」とか、曲の解釈が正しいの正しくないのとか自己表現だとかいうことに思いをはせてしまいそうなのだけど、これ以来思った。
こんなちっぽけなものに終始していてはいけないのだ。音楽をするということは。
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これほど「死」に直面した一年はなかったかもしれない。
この問題については書き出したら途方もなくなりそうなのだが、自分の父の死に遭遇していたのだ。一月の終わりだった。
初めて目の前で人の死ぬのをみた。
しかしそれはクモ膜下出血による突然のことであったが、自分の父親の死としては、なかなか感銘をうけた。
変な書き方だが、まさにpoco a poco diminuendoしながら、生きている炎が消えていくのを観るのも不思議な気持ちだったが、それまで意識不明で「生きていたとき」の決して「楽そうに見えない表情」よりも亡くなったその後のあの平安な顔の表情が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
それもよりによって当時の俺がめったにしない作曲(今じゃお蔵になった劇音楽作品、絶対にそのうち別の作品として復活させる。)をしている時期で父の最期の直前まで顔をみながら音を探していたので、ある曲がその情景がいっしょにすりこまれてしまい、自分で演奏しながらどうしても父の最期を思い浮かべるようになってしまった。
その後、春になって信じがたいことだが、近しい縁故者の四歳の長男が交通事故にあった。
可愛い盛りなのにそれはそれは、歳をとった人間の死に立ち会うのとはまたかけはなれた悲しみだった。
ご両親の苦悩とその廻りの人たちに対して、この饒舌な俺がなにも言葉がでなかった、、、
毎日ニュースで子供が事故にあうことを見聞きはしていたが、当事者になるとこれは書きあらわせないものがある。
どうしてこうも続くのかと思っていたら夏に叔父が亡くなった。
癌だった。
とても好きな叔父で決して高齢ではなかったのでトリプルパンチはかなりのダメージがあった。
けっこう訃報になれていない俺は無気力になりそうになるくらい、きつかった。
俺は厄年だからそのせいかなと自分を責めてもなにもかわらない。
そして同じ時期、親友の母も逝ってしまったし、別の親友の父もつい先ごろの元旦に亡くなったそうだ。
ふたりとも僕らが共演をするときは必ずほほえみをもって聴いてくれたひとだ。
そういう年令になったのか、と割り切るには今年はパンチを受け過ぎだ。
近しい人の「死」にでくわすと、逆に普段は忘れているかもしれない自分の「生」について深く考えざるをえなくなる。
(98/12)の半ばに行われた、チャリティーコンサートの主宰者の大塚禮子さんが年末に突然亡くなってしまった。
なんということだ。当日お会いしたときは「私は不滅よ」といっていたじゃないか。
コンサートの翌日新聞にもとりあげられたが、みずからが癌にかかったこと、そして克服したことで決意をもち、その病気を撲滅するために始めたシリーズのコンサートだった。
今年の秋、ちょうど、ミュージカル「ローマの休日」の東京公演のころ、ひさしぶりに12月にチャリティーコンサートをするからその打ち合わせをしたいということで、ある夜、御夫婦とその姪の秘書と四人で食事をした。
いつもの調子で馬鹿話で盛り上がったときには元気だったのに、11月に突然再発し、コンサートにはこれないかもしれないと秘書には言われていたのだ。
(俺とはすでに知り合っていたが、俺が演奏していたことは彼女は築かず偶然ミュージカル「蜘蛛女のキス」を観にきて、もう凄い感動を覚えた話を後に聴かされたとか、だいたい92年のカザルスホールでのモンポウナイトのリサイタルにも俺が一人で弾いていることを知らないで来て眼をまん丸にして楽屋にくるような人だった)
ドクターストップがかかっていたのに無理をして車椅子でホールに来て、涙ぐみながら癌研に目録を渡した。
舞台に出る直前、ずいぶん痩せたな、とはおもったけど、「寅(自分の事をフーテンの寅になぞらえてよく話をしていたから)が来たからもう大丈夫だぜ!」と舞台袖で声をかけ、酸素を吸入しながら車椅子に座ったまま俺の手をにぎったときにいくつかかわした会話のあと、自分としては、いつもの数倍プレッシャーを感じてステージに一人ででていった。
病院にすぐにもどらなければならないのに、俺がピアノに座ったときの視線の延長線上に車椅子に座った彼女が見えた。
通常独奏だし、やはり演奏会の最初はとても緊張しているものだけど、あがっている余裕さえなく、お客さんがやたら盛り上げてくれたのでそのうち熱中したので、彼女がいついなくなったかわからなかったが、数曲は聴いてもらえたそうだ。
そして12/27の夜、仕事からの帰り、駅から自宅までの自転車にのりながら彼女が亡くなったという連絡を受けた。
携帯電話を持ちながら思わず天を仰いだ。いつもより星がはっきりみえた。
あの演奏が、「ある人の生涯の最後に聴かせた『生』演奏」だったとすると、なんかとても重いものを感じる。
と言うか、自分の人生に照らし合わせても一回一回の本番で自分が発信する音楽のメッセージがその人の人生になんらかの「意味」を与えられていたのか、とおもうととても恐くもなる。
普段演奏する時に「自分がどう思われるか」とか、「上手くなりたい」とか、曲の解釈が正しいの正しくないのとか自己表現だとかいうことに思いをはせてしまいそうなのだけど、これ以来思った。
こんなちっぽけなものに終始していてはいけないのだ。音楽をするということは。
燕尾服大嫌い
2006-01-22
今NHKの教育テレビでサイモン・ラトルの指揮で、火の鳥をやっている。
彼がシャツで演奏することはよく知られているが、ベルリンフィルも普通の背広にみんなそろぞれ違うネクタイをして、アップになると管楽器奏者はのど元のシャツは緩めて弾いている人が何人もいる。
燕尾服を持ち歩くのは本当に重くて嫌だ。
特に地方に行くときは捨てたくなる。
電車に乗れる服だと着ていけるからどんなに楽か。
思うに、燕尾服とかタキシードなんてものは、客席も正装をする文化の中で失礼がないようにという意味合いがあるはずだ。
日本にはそういう習慣はほとんどないわけで、燕尾服ほどおかしな恰好はないと思う。
もっと燕尾服を着ないですむ演奏会が増えることを望むなあ。
彼がシャツで演奏することはよく知られているが、ベルリンフィルも普通の背広にみんなそろぞれ違うネクタイをして、アップになると管楽器奏者はのど元のシャツは緩めて弾いている人が何人もいる。
燕尾服を持ち歩くのは本当に重くて嫌だ。
特に地方に行くときは捨てたくなる。
電車に乗れる服だと着ていけるからどんなに楽か。
思うに、燕尾服とかタキシードなんてものは、客席も正装をする文化の中で失礼がないようにという意味合いがあるはずだ。
日本にはそういう習慣はほとんどないわけで、燕尾服ほどおかしな恰好はないと思う。
もっと燕尾服を着ないですむ演奏会が増えることを望むなあ。
離見の見
2006-01-12
表現者は、自意識を強く持つことは大事だけど、離れた処から自分を冷静に見ることが必要という、知り合いのアーティストたなかさんのブログに僕のことが書かれているので、その記事へトラックバックします。
光栄ではありますが、たなかさんはこの件に関して必要以上に僕を褒めすぎです。(爆)
話題になっている「連弾」はこの日の僕の記事へのレスポンスだと思います。
件名は、かの世阿弥のお言葉で、それはすべての表現者が意識すべきものだし、一流の人たちは当然の様に、音楽家でたとえて言えば、耳をちょんぎって客席の奧に飛ばし、そこで「どう鳴っているか」を「予想して聴きながら演奏している」のです。
慣れていない人はピアノを弾くとき「その場で聞こえる音がすべて」という風に感じている様に思います。
それは孫悟空とお釈迦様の手の逸話にそっくりなことになります。
皮肉じゃないですか、自分が聴いている音と客席で聞こえている音は別のものだって知ったときのショック(爆)
試しにどんな演奏会でも良いから、できればリハーサル中にホールに居られたらあちこちで聴いてみると愕然とその違いが分かります。
だからそれくらいのことで僕を褒めちゃだめです。(爆)
そんなのたなかさんも人形劇の実践のなかで当たり前に必要な技術だと思っているだろうし僕の知り合いにはもっと耳の良い音楽家はたくさんいますから。
一見(というか一聴か)そばで聴くと乱暴に聞こえても離れて聴くと実に良い演奏に出くわしたこともあるし、そばで聴いても綺麗で離れても綺麗な場合もある。
でも逆の場合は聴いていていらいらしちゃうよね。
広い部屋でなくても、「きわめて近視眼的な演奏」ってやっぱり普段聴衆の前で弾いていない人の演奏に多いように思います。
自分じゃ一生懸命なんだけど、表現が飛ばない。
それは音の大きさの問題ではないんだよね。
でもこういうことって、「気づく」ものであって、反復練習のたまものという種のものじゃないと思うのでどうやったら伝えられるか非常に難しい。
自分の演奏だって録音して聴くと死にたくなるくらい「こういう風には弾いたつもりではない!」と思うことが多い毎日です。(爆)
だからたまに録音の仕事があると検証の場になって良いです。
え?もっと練習の時に録音をとって確かめろ?
はい(汗)
光栄ではありますが、たなかさんはこの件に関して必要以上に僕を褒めすぎです。(爆)
話題になっている「連弾」はこの日の僕の記事へのレスポンスだと思います。
件名は、かの世阿弥のお言葉で、それはすべての表現者が意識すべきものだし、一流の人たちは当然の様に、音楽家でたとえて言えば、耳をちょんぎって客席の奧に飛ばし、そこで「どう鳴っているか」を「予想して聴きながら演奏している」のです。
慣れていない人はピアノを弾くとき「その場で聞こえる音がすべて」という風に感じている様に思います。
それは孫悟空とお釈迦様の手の逸話にそっくりなことになります。
皮肉じゃないですか、自分が聴いている音と客席で聞こえている音は別のものだって知ったときのショック(爆)
試しにどんな演奏会でも良いから、できればリハーサル中にホールに居られたらあちこちで聴いてみると愕然とその違いが分かります。
だからそれくらいのことで僕を褒めちゃだめです。(爆)
そんなのたなかさんも人形劇の実践のなかで当たり前に必要な技術だと思っているだろうし僕の知り合いにはもっと耳の良い音楽家はたくさんいますから。
一見(というか一聴か)そばで聴くと乱暴に聞こえても離れて聴くと実に良い演奏に出くわしたこともあるし、そばで聴いても綺麗で離れても綺麗な場合もある。
でも逆の場合は聴いていていらいらしちゃうよね。
広い部屋でなくても、「きわめて近視眼的な演奏」ってやっぱり普段聴衆の前で弾いていない人の演奏に多いように思います。
自分じゃ一生懸命なんだけど、表現が飛ばない。
それは音の大きさの問題ではないんだよね。
でもこういうことって、「気づく」ものであって、反復練習のたまものという種のものじゃないと思うのでどうやったら伝えられるか非常に難しい。
自分の演奏だって録音して聴くと死にたくなるくらい「こういう風には弾いたつもりではない!」と思うことが多い毎日です。(爆)
だからたまに録音の仕事があると検証の場になって良いです。
え?もっと練習の時に録音をとって確かめろ?
はい(汗)


★10月に幕を開ける

