洋上の女神 - 2006.08.12 Sat,01:57
おりえんと・びいなす“日本一周クルーズ”
洋上の女神
洋上の女神
98/4/17アフターディナー船上Concert
白石 准はコンサートホールではない様々な面白い場所で演奏してきたけど、ありそうでなかったのが船の上での仕事だ。
今回の指令は豪華客船の旅だった。
俺が乗船したのは、そのクルーズが出発した東京ではなく、出港して数日後に停泊する福岡から乗ることになっていた。
そしてその任務は山口の隠岐の島から富山の高岡のそば、伏木という港へ行く途中ディナーのあとにするConcertで、独奏である。
そして朝、港についたら完了するのであった。
豪華客船なんて乗ったことはないなあ。
船と言ったら井の頭公園や善福寺池のボート(すいません、地方の方、東京都杉並区のローカルな場所です。)か瀬戸大橋が開通する前の宇高連絡船かいくつかの短距離のフェリーしかないものな。
どうやら俺の弾く晩は「フォーマル」な服装で船内の自室以外は過ごさなくてはならないそうだ。
おお、なんか「たいたにっく」ぽいぞ。その日は「でかぷりお」の気分かもしれん。
「でかぷりお」も良いが、おれは「でかめろん」の方が好きだ。
乗船する前日に福岡に行ったがそこでの恒例の喰いまくりに関してはそのうちこの部分を修正するとして、いきなり乗船してみよう。
たくしーで桟橋に向かう。豪華客船の過ごし方を全く知らない白石 准だからとりあえずいつもに比べればちょっとばかり「だんでぃー」に決めて到着を待った。
その船体は自分を映画の中に連れていってくれるように実に優雅な姿だった。

写真提供「おりえんとびいなす」のゼネラルマネージャーの田中氏。感謝!
乗船する。目の前にいきなりグランドピアノ。
これは僕の弾く会場じゃなさそうだが、いきなり蓋をささえているつっかえ棒の場所が間違っているのが目に入り、案内しようとしている船員(と呼ぶとなんか違うな、これじゃポパイが出てきそうだ。クルーだクル~)の方が唖然としている前でトランクを持ったままピアノの置いてある台に上り「よくまちがえるんだよな、、」ともぐもぐ言いながら、お節介にも正式な位置に直した。
よく波で蓋がはずれないものだ。ま、こんだけでかいんだからな、でっかいビルが海に浮いているようなものだ。
クルーズディレクターの服部さんに紹介されて、いろいろインストラクトを受けた。彼はまたネットワーカーだということがわかり、すぐに意気投合した。Macユーザーでないのが残念だったけど、SonyのVaioは薄くて羨ましかった。
自分のConcertの時以外は客と同じように過ごしていいそうだ。おお、豪華客船のお客だ、俺は。
小説や映画だと、一等客室とか二等とかグレードがあって二等の客は立ち入ってはいけないところもあるじゃん、だから俺が歩いては行けない場所があるかどうか訊いてみたら、そういうのは無いそうだ。
だから一番上のデッキ(6階だぜ!)にでたり、今はやっていなかったがプールのデッキにでたりしてみた。いい眺めだ。
他には運動不足解消のためのジムや、カードルームなどもあり、ラウンジもなかなか素敵な感じだった。カジノもある。
ますます映画の登場人物になった気分だ。
ランドリーや美容院もあり、至れり尽くせりだ。部屋もなかなか過ごしやすい良い部屋だ。窓の外の風景を見なければホテルと変わらない。
でも外の風景が気持ちを高ぶらせるよな。ふね~ってかんじで。
一人でうろついていると、なおさら、「みっしょん・いんぽしぶる」、直訳すると「スパイ大作戦」の登場人物になった気もする。だれもいないデッキで、小型の秘密兵器の受け渡しなんかしたいなあ。
ここで、ストーリー的に必要なのはセクシーな女スパイだがどうやら年配のお客様がほとんどだから、残念ながらブロンドで雌豹タイプの、スリットの入ったミニスカートの諜報部員には出会わなかった。
あああ、デッキのプールで惜しげもなくそういうお方が見事なプロポーションを晒している季節にまた来たい!
でも、「みっしょん・いんぽしぶる」や「ばっとまん」「いんでぃぺんでんすでい」といったかっちょいい映画ではMacが重要な役どころででているのでその点は狂信的なMac使いのおれもそれらの登場人物に似てると言っても許されるかい?
実際は怪しい密航者がうろついているようにしかみえなかったろう。
だって一人でうろうろするような雰囲気ではないからな、乗客のほとんどは、年配の裕福なご夫妻とか家族連れなどであるようにこのツアーは見受けられた。
では次にどこに行ったか。それは間違いなく大欲情、違う、大浴場だ。
自分の部屋にはシャワーコーナーがあるだけだ。俺はとにかく風呂に浸かるのが好きだ。つまり「よくじょうがとてもすき」ということだ。
どういう意味であろうと。よく地方のConcertで宿泊施設に併設してある会場で演奏するとき、開演前に景気づけに温泉にはいっちゃって、いざ弾く段になるとふやけてどうしようもなくなることがあるが、Concertは明日だから今は良いだろう。豪華客船の客になるんだ、
すると突然、振動とともに風呂に波が立った。
な、なんだ?地震か?
おおおおお俺がこんなところで真っ裸で湯船に浸かっている間に
船が出港したのだ。
もう一度我に返っても桟橋には本当に誰もいないのだ。テープが乱れ飛ぶわけでもないのだ。ちょっと残念だった。
湯船にいたおれは、素朴な疑問を感じていた。
俺を受け入れている浴槽自体が海に浮かんでいるわけだから、、、、あまりくだらないので先に行く。
風呂から出て部屋にもどりしばらくすると奇態に、否、期待に胸躍るディナーの時間になった。
どうしていいかわからなかったがとりあえず食堂に行く。とても広い。実に沢山の人が乗っていたんだと言う事を改めて感じる。
やはり年配のカップルが多い。いいなあ、夫婦でゆったりと船旅かあ。とりあえず空いているところに座るとボーイの人が来て食事の用意をしてくれる。メインディッシュはすでに置かれているのでご飯と暖かい汁物などを持ってきてもらうわけだ。
誰も俺のことは無関心なはずだが、もう出港して数日たっているわけで、みんな別々に行動されているはずでも、船長主催のウェルカムパーティーなんかはすでに開催されているはずで、雰囲気的に一つの共同体が形成されているものだ。
自分はこの晩初めてこの人たちの眼に触れる存在だから「なんでこの奴は一人なんだ?」「いままで見かけなかったなあ、、」とか観察されている様な気 がして落ちつかなかった。一人で飯を食っている人はいないわけではなかったが、なんかとても陸の上のレストランに一人で入った感覚と違うものを感じてい た。
まわりの人に、自己紹介をしなくてはならないのかなあ、とまでプレッシャーを感じていた。とくに窓際の席ではなく結構中央のテーブルに一人だったから。
食事の感想から先に言うと、味、量とも申し分のない素晴らしいものだった。
それは翌日の朝食も、昼食も、船を下りるまで食事に関しては、年配の人が多いのにこんなに量があっていいのだろうかと思うくらいヴォリュームがあって、俺には嬉しいコース料理だった。
和洋食が混在したもので、メニューをデジカメで撮っておけば良かったとつくづく思った。
なかなかふざけた話題には俺の文章表現力が威力を発揮する時がある(という評判があるらしい)が、味について言葉で説明するのは俺にはとにかく下手だ。この手の話題ではいつも旨い旨いとしか書いていない。
で も本当に旨かった。旨いとしか書くことの出来ないから、デジカメで料理を写してやろうと持参はしていたが、なんかその図を想像すると、俺のように育ちがい いお坊っちゃんとしてはやはり行儀がいいとは言えないので座ったときにズボンの中で妙に存在感を主張しながらついぞ何も写すことはできなかったもどかしさ がある。
と書いてしまったが実の所は食っているときはWebの事なんか全部忘れている。
で、俺は何十とある8人掛けくらいの大きな丸テーブルに一人で座っていたのだが、その隣に少々お酒が入って猛烈に盛り上がっている一団がいた。
面白いおじさんが熱弁を振るっているらしくそのうちの一人のご婦人が、つっこみを入れながらとにかくすごい声で笑いころげている。
まるでお笑い番組のテレビのサクラの観客の笑いのような低い声で思いっきり笑っている。
みると椅子から落ちそうな瞬間もあって隣のご婦人と抱き合って支えあっていた。
俺はそっちを向いて食事をしていたのだが、おれもつられて笑いそうになるのをこらえるのに精いっぱいだった。
だって30秒から1分ごとに爆裂噴火しているのだ。
それととても対照的に、俺の反対側のテーブルでは大学教授風なロマンスグレーの紳士がまわりのご婦人たちに「シルクロードから伝来した文化の軌跡」について真面目にうんちくを垂れている。
聴いているご婦人たちも憧憬を隠そうとせず一生懸命聴いている様子である。
かたや、人生の辞書に苦悩という文字が存在しないのだろうなと思うくらい、
爆裂した笑い声。
俺の頭はこのコントラストに、熔けそうになっていた。
さすがの俺もどう処して良いのか悩んだ。
おれも本当は爆笑したいが、広いテーブルには他に誰も座っていない。
ここで俺がのけぞって笑い出したらどうなるのだ。
前述のようにもう数日航海しているからなんとなくお互いが話さなくとも、乗船している人間たちには暗黙の「共同体」ができあがっているようなのに、俺は新参者だ。
そいつがいきなりテーブルに一人でいて、話し相手もいないのに耳まで口が裂けているがごとく笑ったりしたら、、、、
でも隣で盛り上がりが大噴火しているのに、まったくポーカーフェイスで優雅にディナーを一人で味わっているのも、別のテーブルからこの情景を見ていたとしたら妙だろうな。
必死でこらえ、景気づけ、あるいは気をそらすために(?)にビールを飲んだ。
だんだんくらくらしてきた。自分は酔ったのだろうか、、、、初めて乗る船のせいなので、船酔いなのか酒酔いなのかわからない感じだ。
しかしもうこれ以上ここに座っていると、人間笑い袋のご婦人の声に素直に反応できない自分への欲求不満で、発狂しそうになりそうだったので、デザートを平らげてすぐ、部屋にもどることにした。
でも通路を歩いているときには困った。まだこの船の振幅に体が慣れていないのだ。
大きい船なのでそんなにひどい揺れではないが、たぶんこの手の船に乗る初体験の緊張と、あの爆裂した笑い声に打ちのめされてパンチドランカー状態になっていたのに加え、たったビール一本で泥酔してしまったのかも知れぬ。
夜にも試してみたが携帯電話が通じない事が多かった。海のうえだものな。なんか電波が追いかけてこないので不都合も確かにあるが、海の上なんだからそう言うことは忘れる覚悟が出来た。
それにコンピュータ無しの生活なんて本当に久しぶりだからな、妻もいないし好き勝手をしちゃおう。
そうそう、テレビのチャンネルを次々とザッピングしていたら、韓国の放送がとても鮮明に入ってきた。そうだよな、この辺ならそういうこともあるのだろうな、、、2002年サッカーワールドカップ日韓共催万歳!じゃない、韓日と書いてあるね。普通。
翌朝になった。少し寝坊したので朝食時間の終了ぎりぎりに昨晩食べた場所に再び行った。
笑いの女神にはできれば会いたくなかったのだが、俺が行ったときはもうほとんどの人は朝食を済ませたようで、がらがらの状態であったせいもあってとても静かだった。
ウェイターやウェイトレスには外国の人が結構いて、僕が納豆をかき混ぜているときに女の子がおひつを持って来てくれて親切にご飯を盛ってくれたので、ちょっと質問を投げかけてみた。
彼女は苦笑して首を横に振ったので、
"Japanese is very very funny people like me. Don't you think so?"
と言ってみたら笑ってくれました。
もちろん日本語は通じるようなのだが、せっかく海に出たんだ、外国船にのったテイストも味わいたい気持ちにもなっていた。
本当にお目出たい奴だ、俺は。でも本当にそんな気持ちになれるほどしゃれているのだ、この船は。久しぶりに人に「えいご」を喋ったなあと思いながら、朝飯にしては結構ボリュームがある食事に感動しながらまた舌鼓を打っていた。
食事をするエリアから客室へ通じる通路に休憩用の椅子とテーブルがある。こちらからは良く見えなかったが少なくとも20メートルは離れているであろうその場所の方からから、突然、また例の
「人の心を一旦掴んだら絶対に離さない、人間笑い袋状態の嬌声」
が聞こえてきた。
すくなくとも音楽用語で言えば昨晩はアンサンブルでのフォルティッシモだったのだが、
今朝はまさに独奏のフォルティッシモである。
「うううう、またか!」
でも決して不愉快なものではないのだ。だってあのご婦人、きっと人生を十分楽しんでいらっしゃるとしか思えないからだ。人を落ち込ませるより笑わせる方がいいに決まっているものな。
それにしても、すごい。
これは、誰かそばに連れがいたら、膝を叩きながら(考えたら不思議な行動だけど)絶対に感動を共有できるのに!!
そう、感動というのは自分一人で受けるよりも友人と共有するともっとおもしろくなるものだ。
突然美学的真理に目覚めた。そうだWebに書こう。
でもクルーズ・ディレクターの人が困るかな、などといろいろ思いながら食事を済ませた。
でも誘惑にあらがいきれず、一人で気味悪くにやけながら食い続けたことは言うまでもない。
さしずめ俺が猫だったら顔は食器の方を向けながら耳の方向は完全に通路側を向いていたことだろう。
隠岐の島へは、もともと船が大きいので桟橋に直接横付けできず、沖合いで碇を降ろし、大きなプラットホームの船を横付けして別の水上バスの様なものに乗り換える予定だった。(もろに手すりのない駅のプラットホームがそのまま船になったと想像して下さい。広さはそうだな、テニスコートくらいの広さかな)
この手順は、まるで
アポロ宇宙船が月を周回しアームストロング船長が月面着陸用の船に乗り換えて月に行くような感じだ。
しかしながらその日は波が高く、朝早く上陸できるはずだったがなかなかその連絡船に乗ることができなかった。
それでも数時間遅れでとりあえず島に渡った。だいたい、俺が乗船する前日なんか関東近辺は台風のような雨と風で、俺は福岡に飛行機でたどり着けるかどうかさえ心配した気候だったのだ。だからさしもの巨大な客船も揺れたのだろう。その日じゃなくて良かった。
時間もあまりないし、俺の任務本番当日だからオプショナルツアーを夕方まで楽しんでいる一般のお客様と違い、本格的に隠岐を探検する事もできず、約1時間くらいしか島ではぶらぶらできなかった。
イカ釣り漁船や、一般家庭の玄関の前に俺が新聞屋だったら間違えて新聞を突っ込みそうになる感じに小さい郵便ポストが何気なくあることに妙に感動してカメラに納めたりしたあと、帰りの連絡船(へんな書き方)を待つ間、漁協が直営しているみやげ物屋のなかの水槽をぼーっとして眺めている間に、
ハコフグのフォルムに惹かれた。
しかしなんだな、神さまは何故こいつをこんな形に作ったか知りたくなった。
どう考えてもジョークで作っちゃったとしか思えず、俺はどんな動物に生まれ変わろうとも文句は言えないが、箱フグだけにはなりたくねえな、
と箱フグに哀れみを感じていたらあっと言う間に時間になった。
(時間の経過を表す白石 准が編み出した新しいレトリック。)
島で食事をしなかったので、乗船するとすかさずまた船の食堂に行った。
さっき大量に朝食を食ってからまだ3時間も経っていなかったのに、、。二度も遭遇したあの「女神」はきっと島にいるのだろうと思い、海を見ながら窓際で舌鼓を打っていた。
しかし女神はいつでも俺を見守ってくれていたのだ。
なんと、俺の座っているすぐそばのデッキの出入口から、また土石流が流れるように笑いながら女神が登場するではないか。
なんと、島には行っていなかったのだ!飯を吹き出しそうになった。これこそ俺のウェブのごとく噴飯ものだ。
どうやら俺が興味を持った視線を浴びせかけているのを女神も感じているらしく、一瞬眼が合った。
不思議な気分だ。俺も盛り上がるのが好きなのだがら友達になりたかったのだが、どうもいつもの調子で自分から喋りかけるタイミングに躊躇しているのだ。
信じられないことにクルーズ・ディレクターの人に対して以外はほとんど無口な白石 准なのだ。
まったく、、俺はピアニストみたいだ。
で、夜になり、Concertの時間になった。
飯はどうしたかって?その時だけはルームサービスで食べたのだ。これもすこぶる美味しかったよ。
会場が船の先端に近いところだったので客室にいるときより揺れが大きいような気がした。
やはり海はあまり凪いではいないようだ。酒も入っていないのに、頭がくらくらする。
そうだ、揺れる列車やバスで本を読もうとすると、眼が異様に疲れて気分が悪くなるのといっしょだ。
いつものConcertの様にへらへらしながら喋ってConcertをすすめてる間はいいのだが、弾くときは視覚を含め、全神経が集中する。(おおいに疑問を感じる輩もいるだろうが)
そうなってくると、鍵盤が上下左右に微かに揺れているわけだから眼がまわりそうになる。
本当に酒に酔って弾いているのと全く同じだ。
これも何回かステージを経験するとだんだん慣れてくるのだろうが、何せ初陣だ。
文字どおり運命の波に翻弄されている自分を感じていた。
とりあえず終了した時はお客さんも結構喜んでくれたようなので、クルーズ・ディレクター氏も首が飛ばずにすみそうだったのでよかった。
プログラムは「白石 准の音楽世界の旅」と題していろいろな国の大作曲家の作品を集めて弾いてみた。船で航海している雰囲気に合わせてね、、、
終演後、その晩はどうやって過ごすか迷った。すぐに風呂に入るのもいいが、俺の部屋に近い会議室のような広い部屋で22時から映画の上映会があると聞いたので行ってみることにした。
演奏終了後間もなかったのでもちろん燕尾服のままだったのだが、部屋に行ってみると同時刻はダンスの時間であり、酒を飲んでいる人も多かったらしく、部屋には俺とビデオをセットしている係りの人だけだった。
「もう始まります。」と言われたし、他に誰もいないので、部屋を立ち去るに立ち去れなくなって、しょうがないのでそのまま座っていると、部屋が真っ暗になって映画が始まった。
SFの宇宙もののそれもどこかコメディーが入っているB級と呼べるやつで、係りの人もいなくなったので俺は広い部屋に燕尾服のままとりのこされて、人目を気にせず、ことさら大声でげらげら笑っていた。
腹が減ったので部屋に戻り差し入れのサンドイッチをくわえ、映画の所にもどると、ビデオは先に進んでいたので勝手に戻してまた見た。
なんということだ、そのうち燕尾のまま靴を脱いで床に座って、面白いところがあると前にも増して少々空虚な気がしたが、あたりをはばからず爆笑していた。
女神の前で笑えなかった悔しさをここで一気にはらすかのごとく、部屋に鳴り響く自分の声に高揚しながら。
でも我に返る(事もある)と妙だ。
さっきまでピアノを弾いていて終わった後、何人ものお客に囲まれてねぎらいと「感動した」というお言葉に汗をかきながら照れながら行儀良くお辞儀をして応対していた奴が、同じ服装のままでサンドイッチをくわえながら真っ暗な会議室でギャグに笑い転げている図はやはり変だ。
この瞬間だれかがこの部屋に入ってきて間違えて明かりを付けたら、結構肝を冷やすかもしれんと思った。だっていくらインフォーマルの晩だからといってお客様は大体ジャケットにネクタイ程度の姿のはずなのに燕尾を着て汗だくになっている(演奏直後だもの)訳の分からない怪しいやつ(船に乗っているひと全員が俺を聴いたわけではないからね)が床にあぐらをかいて笑い転げているのだから、、、、靴下もぬいじゃったし。
同じ事を何度も書いてしつこいレトリックだな、俺って。
揺れが気にならなくなったようだ。
朝になった。朝飯には不思議なことに女神には会わなかった。
やっと呪縛からとけたのだ。
下船する日なのだから縁起がいいぞ。でも女神に会わずにもう船を降りるのか。なんかちょいと寂しい気分になってきた。もっと乗っていていろんな人と仲良しになりたいものだ。
昨晩、短い間だったが深夜スタッフルームでクルーズ・ディレクターをはじめカジノの人とか他のバンドのひとと乾杯した。もっと 乗っていれば盛り上がったのにな。俺はギャンブルはやらないのでカジノの人たちと喋ることができて面白かった。もし自分の妻がギャンブルの専門家だったら どういう結婚生活になるのか想像して興奮した。
しかし、秘密諜報部員は任務を完了したらすぐに、姿を消すのが相場ときまっているのだ。
すぐに東京に戻って「別の人間」にならなくてはならないミッションがあったのだ。そう、今晩はシンセサイザー弾きとなってオーケストラの練習にでた あと、夜遅く金管楽器のアンサンブルのピアニストにもなりすまし練習につきあわなくてはならない。怪人二十面相はめずらしく忙しかったのだ。
そうして港に着いてクルーズ・ディレクターの服部さんに挨拶をしたらとても親切なことに駅まで一緒に荷物を持って送ってくださった。短い間だったか本当に面白かった。感謝!
駅に着くと高岡行きの列車がまさにホームに入ってくるときで急いで切符を買い、階段を走って向こう側に見えるホームを目指していたら!
さすがだ!どこにいても「布教」に余念がないらしい。
階段の下の方にいる女神も乗り遅れそうになってあわてていた。そして階段を駆け下りてくる俺を見上げて、「まにあうかな?」とすこし心配してくれているような眼でこちらを見ている。
「や、優しい人なんだ!」と思った。
ホームに降りたときに彼女たちが列車の前で閉まったドアの前で立ち尽くしているので、ついに俺は口を開いた。
それに気づいた女神のご一行は、ドアが開くまで待とうとしていた自分たちを恥じて再びその場で爆笑噴火した。
ま、まずいことを教えてしまったかも、、余震が止まらない激しいものだった。
驚くべき事に一昨日のディナーで俺の後ろでシルクロードの文化について「講義」をしていたダンディな教授風な紳士もそのご婦人たちのグループに同行しているのだ。
女神の御利益というか誰とでも仲良くなる才能なのだろうか、それとも最初から知り合いなのか?それにしちゃ、一昨日の「世界」の違いはなんだったのか、、、
頭の中に一瞬にして哲学的な悩みが駆けめぐり、反射的に女神一行のいない方の車両に駆け込んでいた。
女神が乗り込んだほうの列車の被害がどれだけ甚大なものであったかは想像に難くない。
席に座ってからも連結部分の奥から絶え間なく聞こえている絶叫のような爆笑のこだまを聞きながら列車の高岡への到着を待っていた。
最後の最後まで人間笑い袋に守られて俺は事故も無く、でかぷりおにもならず、無事高岡の地を踏むことになるのだから、彼女はきっと僕の守護霊だったに違いない。
そのあと、女神とも駅で挨拶もせず別れ、空港行きのバスを待つ間、富山に来たおりは必ず買う、「ブリ寿司」、いいか、鱒寿司もいいけど、俺は断然ブリ寿司派だが、それを買って飛行機の切符を見たら卒倒しそうになった。 なんと、
ではないか!
昨年のスコチッチとのツアーの最後の奄美の空港での乗り遅れ事件(びーた日記/スコチッチ日本ツアー、奄美編を参照のこと)に続き、またもや絶体絶命だ!
俺が大馬鹿野郎で、事務所に切符を発注したときに帰りの日付を間違えていたのだ!
でもって、空港に着いたときにカウンターのお姉さんに泣きついたら、ちょうどその日は奇跡的に好いて(誰を?俺かあ、そうか、、)、違う!、空いていたらしく、ありがたいことに変更あつかいで目指す飛行機に乗せてもらうことが出来た。
これも「守護霊様」の御利益だろう。おかげで東京で待ちかまえていた仕事には何とか間にあった。
豪華な客船に乗って素敵な海を見ながら、美味しいものを食べて、スタッフの素晴らしいサボートのおかげで気持ちよく(頭がぐらぐらしながら)ピアノが弾けて、たぶんお客様には喜んでもらえて、かつ
「人生はいつでもどこでも笑い続けなくてはいかん」
と身を持って教えてくれた女神に会うことができて今回の仕事は本当に充実したものだった。
ただ、船のなかでお湯に浮いていたときに自問した、
「俺は海に浮いていると言えるのか」
という哲学的命題に関してはいまだに修行が足りず、回答がでてこんのだが、、、、
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